姉の身代わりに敵国に嫁いだら皇太子に溺愛されました
その時だった。ほんの一瞬だけ。

ルシアン殿下の視線が、わずかにやわらいだ気がした。

気のせいかもしれない。

それでも確かに、私を見ていた。

それだけで――どうしようもなく、嬉しかった。

音楽が続く。

足を動かしながら、私はそっと息を整える。

こんな小さな言葉一つで、こんなにも心が揺れるなんて。

きっと、知らないふりをしていただけなのだ。

この想いを。

私は視線を落とし、そっと微笑んだ。

たとえそれが、ほんの一瞬の優しさでも。

それでも私は――その温もりに、確かに救われていた。

それは、穏やかな午後のことだった。

「リシェル様、少しお散歩でもいかがですか?」

アンに誘われ、私は薔薇園へと足を運んだ。

色とりどりの薔薇が咲き誇り、甘い香りが風に乗って広がる。
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