姉の身代わりに敵国に嫁いだら皇太子に溺愛されました
あの人の声も、姿も、すべて遠くなればいい。

そうすれば――きっと、楽になれるのに。

なのにどうしても、できない。

あの人の姿が、頭から離れない。

あの一瞬の優しさも。あの冷たい言葉も。

全部、消えてくれない。

「……っ」

涙が、止まらない。

シーツを握りしめながら、声を押し殺す。

こんなにも苦しいのに。

それでも――まだ、好きでいる。

その事実が、何よりも痛かった。

静まり返った部屋の中で、私はただ一人。

壊れそうな想いを抱えたまま、泣き続けることしかできなかった。

その夜――私は泣き疲れて、いつの間にか眠ってしまっていた。

どれくらい時間が経ったのか分からない。

ふと、気配を感じて目を覚ます。

寝室に、明かりが灯っていた。

そして――そこに、ルシアン殿下がいた。
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