姉の身代わりに敵国に嫁いだら皇太子に溺愛されました
ゆっくりと、撫でるような仕草。

優しいのかどうかも分からない、静かな触れ方。

「おまえしかいない」

低い声が、近くで響く。

「次代の皇帝を産むのは」

その言葉の意味が、胸に落ちる。

――それは、役目。

ただの義務。それでも。

その言葉と同時に触れられた温もりが、どうしようもなく心を揺らした。

まだ、何も始まっていないのに。

夫婦としての夜も、迎えていないのに。

それでも私は――気づけば、彼の胸元にそっと身を寄せていた。

拒まれるかもしれないと思いながら。

それでも、離れたくなくて。

彼は何も言わない。

ただ、押し返すこともなく、そこにいる。

その沈黙が、わずかに心を許されたように感じてしまう。

愚かだと分かっているのに。

それでも私はもう、止められなかった。

壊れかけた想いを抱えたまま――それでもなお、彼を求めてしまう自分を。
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