有罪愛
男運に恵まれなかった思い出
初めて異性を意識したのは中学三年生の春で、違うクラスの男子、但馬に呼び出されて告白された。
『俺、瀧沢さんの事が好きなんだけど。卒業まであと一年しかないし、進路が別になるけど、それまで一緒に過ごしたいし、できるなら卒業後も付き合いたい』
但馬は野球部に所属する、日焼けした坊主頭の男の子だった。
あまり他クラスの生徒と馴染みはなかったものの、彼がよく廊下で野球部の仲間と一緒に騒いでいた姿を見ていたので、顔は覚えていた。
(なんで目立つ系の人が、私なんかに告白するんだろう)
告白されて最初に感じたのは、喜びより戸惑いだった。
だが春佳も彼氏という存在には憧れていた。
恋人のいる同級生がやけに大人びて見え、『自分にも彼氏がいれば』と願っていた。
だから特に断る理由もなく、但馬の告白を受け入れた。
但馬は印象通り、繊細さはなく大雑把な性格をしていた。
『合わないな』と思った点はあったものの、春佳は生まれて初めての彼氏を受け入れ、必死に好きになろうと努力した。
映画や水族館にも行ったし、何を買うでもなくショッピングモールをブラついた。
友人や野球部員から冷やかされるのは恥ずかしかったが、但馬と付き合った時間は今思いだしてもキラキラと輝いていた。
彼は夏の日差しがよく似合う、太陽のような男の子だった。
白いユニフォームが泥にまみれようが構わず、グラウンドの土をスパイクで蹴ってベースに飛び込む姿が、とても格好良かった。
いい付き合いができていたと思ったし、別れたいとも思わなかった。
――だが卒業したあと、但馬とは音信不通になってしまった。
連絡しても無視され、しつこいかもしれないが【私に悪い所があったなら謝りたい】と、長文でメッセージも送った。
だが但馬から反応はなく、何が悪かったのかすら分からない。
いや、すべてが悪かったのかもしれない。
最初はメッセージに既読がついたが、それもなくなり、ブロックされた事を知る。
あの時の絶望は筆舌に尽くしがたく、泣いて、泣いて、全身の水分がなくなってしまうと思うほど号泣した。
あまりにもつらくて、但馬と巡った場所には近づけなくなったほどだ。
食べられなくなり、貧血気味になった春佳を癒してくれたのは冬夜だった。
当時大学一年生だった冬夜は、無気力な妹を車の助手席に乗せ、特に何も言わずドライブに連れ出してくれた。
『アイスなら食べられるだろ』
そう言ってソフトクリームを差しだされたのは、山中湖まで行った時だ。
二人は湖畔の柵に寄りかかり、湖で白鳥が優雅に泳いでいる姿をぼんやりと眺める。
『……白鳥って、渡り鳥じゃなかったっけ』
大型連休が近かったからか、周囲には家族連れや恋人とおぼしき人々が大勢いる。
悲嘆に暮れているというのに風光明媚な観光地に来てしまい、せっかく落ち込んでいた気持ちが台無しだ。
『ここの白鳥は通年いるらしい』
天気予報で快晴と言われたその日は気温が高く、春佳は半袖と短パン姿だった。
冬夜は英字プリントのある青いTシャツの上に白いシャツ、ジーンズだ。
思えば、兄は夏場になっても半袖にならない人だった。
『……優雅に泳いでいていいね。つらい事なんて知らないみたい』
投げやりに言った春佳の言葉に、兄は小さく笑った。
『そう見えるだけだよ』
視線を上げると、冬夜は富士山を見てどこか悲しげに言う。
『この綺麗な青い湖の下にだって、泥があるしゴミも捨てられている。もしかしたら、死体だってあるかもしれない。……白鳥は水面下で必死に足をバタつかせて泳いでいるんだ。氷山の一角という言葉があるけど、みんな見えているものしか見ようとしない。その下に隠されているものを認めたくないんだ』
春佳はソフトクリームを舐めながら、兄の抽象的な言葉をぼんやりと聞いていた。
『富士の樹海に行ったら自殺者の遺体があるとか、心霊番組で幽霊を連れ帰ったとかやってるだろ。美しいものの影には必ず闇があるんだ。みんなそれを知ったら面白半分に興味を持つ。でも自分にはどうしようもないから、興味本位に楽しんだあと、責任をとれないから他人のふりをする。……人間なんてそんなもんだよ』
突き放したように言う兄は、まるで自分の経験を語っているようだ。
けれど彼のようにすべてに恵まれて人が、他人からおざなりに扱われる訳がない。
不思議に思った春佳は、兄の真意を測るようにその横顔を見つめていた。
妹の視線に気づいた冬夜は、我に返ったようにごまかし笑いをする。
そして春佳の手元を見て「アイス、溶けてる」と話題を逸らした。
冬夜はそういうふうに、常に何かに対して苛立っているように見えた。
兄は兄の事情を抱えているのだろうが、彼は自分の事を話さないので何に悩んでいるのか分からない。
その時、冬夜はすでに一人暮らしをしていたので、彼がどんな生活を送り、何を考えているのかまったく想像できずにいた。
**
『俺、瀧沢さんの事が好きなんだけど。卒業まであと一年しかないし、進路が別になるけど、それまで一緒に過ごしたいし、できるなら卒業後も付き合いたい』
但馬は野球部に所属する、日焼けした坊主頭の男の子だった。
あまり他クラスの生徒と馴染みはなかったものの、彼がよく廊下で野球部の仲間と一緒に騒いでいた姿を見ていたので、顔は覚えていた。
(なんで目立つ系の人が、私なんかに告白するんだろう)
告白されて最初に感じたのは、喜びより戸惑いだった。
だが春佳も彼氏という存在には憧れていた。
恋人のいる同級生がやけに大人びて見え、『自分にも彼氏がいれば』と願っていた。
だから特に断る理由もなく、但馬の告白を受け入れた。
但馬は印象通り、繊細さはなく大雑把な性格をしていた。
『合わないな』と思った点はあったものの、春佳は生まれて初めての彼氏を受け入れ、必死に好きになろうと努力した。
映画や水族館にも行ったし、何を買うでもなくショッピングモールをブラついた。
友人や野球部員から冷やかされるのは恥ずかしかったが、但馬と付き合った時間は今思いだしてもキラキラと輝いていた。
彼は夏の日差しがよく似合う、太陽のような男の子だった。
白いユニフォームが泥にまみれようが構わず、グラウンドの土をスパイクで蹴ってベースに飛び込む姿が、とても格好良かった。
いい付き合いができていたと思ったし、別れたいとも思わなかった。
――だが卒業したあと、但馬とは音信不通になってしまった。
連絡しても無視され、しつこいかもしれないが【私に悪い所があったなら謝りたい】と、長文でメッセージも送った。
だが但馬から反応はなく、何が悪かったのかすら分からない。
いや、すべてが悪かったのかもしれない。
最初はメッセージに既読がついたが、それもなくなり、ブロックされた事を知る。
あの時の絶望は筆舌に尽くしがたく、泣いて、泣いて、全身の水分がなくなってしまうと思うほど号泣した。
あまりにもつらくて、但馬と巡った場所には近づけなくなったほどだ。
食べられなくなり、貧血気味になった春佳を癒してくれたのは冬夜だった。
当時大学一年生だった冬夜は、無気力な妹を車の助手席に乗せ、特に何も言わずドライブに連れ出してくれた。
『アイスなら食べられるだろ』
そう言ってソフトクリームを差しだされたのは、山中湖まで行った時だ。
二人は湖畔の柵に寄りかかり、湖で白鳥が優雅に泳いでいる姿をぼんやりと眺める。
『……白鳥って、渡り鳥じゃなかったっけ』
大型連休が近かったからか、周囲には家族連れや恋人とおぼしき人々が大勢いる。
悲嘆に暮れているというのに風光明媚な観光地に来てしまい、せっかく落ち込んでいた気持ちが台無しだ。
『ここの白鳥は通年いるらしい』
天気予報で快晴と言われたその日は気温が高く、春佳は半袖と短パン姿だった。
冬夜は英字プリントのある青いTシャツの上に白いシャツ、ジーンズだ。
思えば、兄は夏場になっても半袖にならない人だった。
『……優雅に泳いでいていいね。つらい事なんて知らないみたい』
投げやりに言った春佳の言葉に、兄は小さく笑った。
『そう見えるだけだよ』
視線を上げると、冬夜は富士山を見てどこか悲しげに言う。
『この綺麗な青い湖の下にだって、泥があるしゴミも捨てられている。もしかしたら、死体だってあるかもしれない。……白鳥は水面下で必死に足をバタつかせて泳いでいるんだ。氷山の一角という言葉があるけど、みんな見えているものしか見ようとしない。その下に隠されているものを認めたくないんだ』
春佳はソフトクリームを舐めながら、兄の抽象的な言葉をぼんやりと聞いていた。
『富士の樹海に行ったら自殺者の遺体があるとか、心霊番組で幽霊を連れ帰ったとかやってるだろ。美しいものの影には必ず闇があるんだ。みんなそれを知ったら面白半分に興味を持つ。でも自分にはどうしようもないから、興味本位に楽しんだあと、責任をとれないから他人のふりをする。……人間なんてそんなもんだよ』
突き放したように言う兄は、まるで自分の経験を語っているようだ。
けれど彼のようにすべてに恵まれて人が、他人からおざなりに扱われる訳がない。
不思議に思った春佳は、兄の真意を測るようにその横顔を見つめていた。
妹の視線に気づいた冬夜は、我に返ったようにごまかし笑いをする。
そして春佳の手元を見て「アイス、溶けてる」と話題を逸らした。
冬夜はそういうふうに、常に何かに対して苛立っているように見えた。
兄は兄の事情を抱えているのだろうが、彼は自分の事を話さないので何に悩んでいるのか分からない。
その時、冬夜はすでに一人暮らしをしていたので、彼がどんな生活を送り、何を考えているのかまったく想像できずにいた。
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