有罪愛

「他の女子も春佳の事を気の毒がってたよ。あいつ、あからさまに春佳を狙い撃ちしてたし、雰囲気がヤバかったもん。ま、これに懲りて次回からは慎重に女の子を口説くんじゃない? 知らんけど」

 言ったあと、千絵は豪快に笑ってビールを呷った。

 春佳は友人に合わせて笑いながらも、千絵の大きな声を聞いて冬夜がこちらに気づかないかドキドキしていた。

 だが冬夜は女性とビールを飲みながら、普段は見せない明るい表情で話している。

 知らない男性の顔をしている兄を見て、春佳の胸に黒い澱が溜まっていく。

 ――お兄ちゃんのくせに。

 ――その女性(ひと)、お兄ちゃんがレバー嫌いなの知ってるの?

 ――果物の苺は好きだけど、お菓子の苺味が嫌いなの、知らないでしょう。

 ――いつからの知り合いなの? 何回会ったの?

 胸の奥がキリキリと痛み、胸の奥でどす黒い感情が大きくうねり、春佳を圧迫する。

 それに負けてしまえば、大きな声を上げて兄とあの女性に突進してしまいそうだ。

 冷え冷えとした怒りに晒されているのに、胸の奥はとてつもなく熱い。

 感情が高ぶったあまり涙が零れてしまいそうになった春佳は、兄から視線を逸らすと、冷えて固まりつつあるカルボナーラをフォークで巻く。

(血の繋がった兄に嫉妬するなんて、私は変態だ)

 心の奥底で、冷静なもう一人の自分が呟く。

 ――だって、お兄ちゃん以外に私を大切にしてくれる人、いないでしょう。

(きっと千絵に『依存だ』って言われる)

 ――依存せざるを得ない家庭環境にあったんだよ? 私、〝可哀想な子〟だったし。

 ――本当はお母さんの言う事を聞くの、ずっと嫌だったけど、お兄ちゃんが庇ってくれるからやってこられたでしょ? そんな大切な人を知らない女にとられてもいいの?

(大人になったら恋人ぐらいできるでしょ。妹がしゃしゃり出て兄の恋の邪魔をするなんて痛すぎる)

 ――なら、お兄ちゃんとあの女が結婚したとして、祝福できるの?

 心の中でもう一人の自分と戦いながら、春佳はのびたスパゲッティを無心に噛む。

 ――お兄ちゃんが作ってくれたカルボナーラのほうが美味しい。

 兄と二人暮らしをするようになってから、彼の料理を食べる機会が多くなった。

 春佳にとって冬夜が作る料理はすべて、店で食べるのと遜色のないご馳走だった。

 二人で小さなダイニングテーブルを囲み、『美味しいね』と言って穏やかで平和な時間を過ごしていたのに……。

 ――あの大切な時間を、あの女に奪われていいの?

 再度、心の中の自分が尋ねてくる。

 もう一人は言い返さない。

 が、少ししてからポコンと、深い水底からあぶくが湧き起こるように返事があった。

(『とられたくない』なんて幼稚な感情を持っていたら、こっちが悪者になる)

 ――なら、加害者にならなければいいでしょ。

 ポコン、ポコンとあぶくは少しずつ数を増していく。

 ――今まで通り、お兄ちゃんがつい守りたくなる妹でいればいいんだから。

 その考えを思いついた時、春佳は無意識に微笑んでいた。

 まるで大輪の黒薔薇が咲いたかのような、毒々しい悪意に満ちた美しい笑みを見て、千絵がいぶかしげに声を掛けてきた。

「どうした? 春佳」

 親友に声を掛けられ、彼女はいつもの微笑みを浮かべる。

「ううん。これから、ちゃんとしないといけないな……と思ってたところ」

「……そう? ……そうだよね。色々複雑だと思うけど、頑張れ」

 千絵の励ましに頷きながらも、春佳は別の事を考えていた。







 春佳は兄と女性に気づかれないように店を出たあと、すみやかに家に帰った。

 (つくだ)のマンションに着いてシャワーを浴びたあと、先にベッドに入る。

 春佳が思いついた事は、ある種の賭けだ。

 負けてしまえばあの女と冬夜の関係を、祝福しかねない。

 だが春佳はリスクを負ってでも、兄との今の暮らしを守りたいと思っていた。

 やがて冬夜が帰宅した物音が聞こえ、そっとドアを開けて室内を窺う気配がする。

 眠ったふりをしていると、ドアは静かに閉まり冬夜も寝る支度を始めたようだった。

 彼に考えを打ち明けるのは、明日の夜。

 春佳は様々なセリフを考えては打ち消し、推敲し、頭の中で台本を組み立てていく。

 たいそうな事をする訳ではないが、自然にアプローチする必要があるので、今までの自分の心情などすべてを客観視し、不自然に思われないセリフを考える必要があった。

 考えるうちに頭は興奮し、まんじりともせず朝を迎え、ぼんやりと大学に向かった。




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