有罪愛
 翌日の夜、春佳は夕食にオムライスを作った。

 ケチャップご飯を作るまではいいが、玉子で包むのはまだ上手くできない。

 でも冬夜は形の悪いオムライスを「美味いよ」と言って食べてくれる。

 それを嬉しく思いながらも、春佳はあまり食べ進められずにいた。

「どうした? 食欲ないか?」

 兄に尋ねられ、春佳はスプーンを持っていた手を止める。

 しばらく黙ったあと、彼女は思い詰めた表情で言った。

「私、この家を出ていく」

 妹の決意を聞き、冬夜は静かに瞠目した。

「……なんで」

 よほど驚いたのか、彼は数秒沈黙してからそれだけ言う。

 春佳は視線をテーブルに落とし、言いにくそうに唇を引き結び、溜め息をつく。

 そのまま黙っていたからか、焦れったくなった冬夜が少し語気を強めて「春佳」と名前を呼んだ。

 春佳はとうとうスプーンを置き、両手を膝の上にのせる。

 それから、迷いながらも、ボソボソと小声で打ち明けた。

「……私がいたら、お兄ちゃん、ろくに恋愛できないんじゃないの?」

 視線を上げると、冬夜は微かに目を見開いていた。

「今まで、新しい生活に慣れるのに必死だった。でもバイトも、友達と好きに遊ぶのも、とても楽しくて毎日があっという間に過ぎた。……けど、ろくにお母さんのお見舞いに行けてないし、難しい手続きやお母さんの事は、全部お兄ちゃんがやってくれてるでしょ? 仕事だって忙しいはずだし、今までは一人暮らしだったのに、私がいるからプライベートも好きに過ごせないんじゃないの?」

〝春佳〟が言いそうな事を口にし、彼女は申し訳なさそうに眉を下げ、兄を見る。

 ――さあ、どう?

 ――私が「自分なんかいたら迷惑だ」って身を引こうとしたら、お兄ちゃんなら「そんな事ない」って引き留めてくれるでしょう?

 春佳は潤んだ目の奥に狡猾な考えを隠し、兄の返事を待つ。

「そんな事はない。馬鹿な事を言うな」

 冬夜は期待通りの返事をし、少し怒ったような表情をする。

 ――勝った。

 春佳は陶然と笑ってしまいそうになるのを堪え、しおらしく言う。

「遠慮しないで。好きな人いるんじゃないの? おうちデートしたくても呼べずにいるとかなら……、私……」

「そんな相手はいない」

 微かに苛立ったような声で言われ、春佳は目を見開いた。

「え? だって……」

 冬夜は言葉の続きを待って、妹を見つめる。

 あの女性が恋人でなかったのは誤算だったが、この際関係をハッキリさせておくべきかもしれない。

 だから春佳は考えていた幾つかのパターン通り、申し訳なさそうに目をしばたかせながら言う。

「……昨日、千絵とご飯を食べに行くって言ったでしょ? 偶然同じお店にお兄ちゃんが来たのを見てしまったの」

「ああ……」

 理由を聞き、冬夜はようやく表情を緩めた。

 だがすぐに、別の意味で微妙な顔になる。

「彼女は違う」

 キッパリ言ったあと、冬夜は溜め息をついて昨日の女性について話した。

「彼女は小村沙由紀(こむらさゆき)さん。二つ上の会社の先輩だ。……春佳から見たら仲が良さそうに見えたかもしれないが、俺は小村さんに迫られているんだ。チームリーダーだし、関係が悪くなったら仕事にも支障をきたす。まだ告白されてないけど、好意を持ってグイグイこられて、本当は困っている」

 冬夜もスプーンを置き、腕組みをして溜め息をつく。

「どうやら小村さんは、過去にも同じ事をしていたみたいで、後輩が小村さんに迫られて断ったあと、嫌がらせを受けて会社を辞めたそうだ」

「そんな……」

 小村が冬夜に好意を持っていたのは事実だったが、考えていたのとまったく違った関係だと知り、春佳は嘆息した。

 同時に、小村が嫌な女で良かったと、胸の奥で歪んだ笑いを漏らす。

「春佳の言う通り、俺は確かに多忙にしてる。でも本当に彼女はいないし、仕事が楽しいから、当分恋人を作らなくていいと思ってる。だから春佳は気にしなくていい」

 望んだ返事をもらえ、春佳の胸の奥に安堵が広がっていく。

 同時に少しだけ、演技をしてでも兄を試そうとした事に罪悪感を抱いた。

「……勘違いしてごめんなさい」

 だから素直に謝った。

「いや、謝らなくていい。ていうか偶然とはいえ、同じ店にいたとは……。……けど、俺が女性と一緒にいたらそう考えても仕方がないよな。不安にさせて悪かった」

 兄に謝られ、春佳は「ううん」と微笑んで滲んだ涙を拭う。

「オムライス、続き食べよう。もしかして食欲なかったのは今の勘違いのせいか? いつもならモリモリ食べてたのに」

「……そうだけど。大食いみたいに言うのやめてよ」

 いつもの雰囲気に戻って安心しながら、春佳は再びスプーンを手にして兄との食事を楽しんだ。

 が、兄を悩ませている小村の事を考えると、どうしても胸の奥に暗いものが宿ってしまうのだった。



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