有罪愛

 ――は? ふざけんなよ?

 ――誰がクソガキに春佳をやるかよ。

 怒り狂った俺は但馬というガキについて調べ、卒業間際、彼の自宅近くで待ち伏せして圧を掛けた。

『あのさぁ、春佳に近づかないでくれる?』

 坊主頭の彼は、いきなり現れた大学生に面食らっていた。

『瀧沢さん本人からOKをもらったんだから、あなたに関係ないでしょう』

『へぇ。これでも春佳を一途に好きだと言えるワケ?』

 俺はスマホを出し、但馬に写真を見せた。

『な……っ』

 画像には、カラオケで野球部員と女子が騒ぐなか、マイクを持った但馬が春佳ではない女子とキスをしているのが映っていた。

『ストーカーかよ!』

 とっさに但馬は俺を罵倒する。

『事実だからそうやって知性のない悪口しか言えないんだよな? ……それで? 二股しておきながら、まだその口で春佳が好きだって言うワケ? 図々しくねぇか?』

 見下ろすように睨むと、但馬は歯噛みしたあとに大きな声を出した。

『別れるよ! それでいいんだろ!』

 言ったあと、捨て台詞のように『やべぇ奴!』と言って走っていった。

 これで害虫は駆除できたと思ったが、春佳に目を付けない男がいない訳がなかった。






『お兄ちゃん、助けて……っ! 私、汚れちゃった!』

 春佳が高校二年生になったある日、いきなり妹が家に来たかと思えば、泣きじゃくりながら抱きついてきた。

『汚れた』と尋常ではない言葉を聞いて詳細を尋ねれば、怒りで我を失いそうになった。

 淫行教師が春佳に迫り、その体を触ったと聞いて、俺は激しい憎悪に身を燃やす。

 だが傷付いた妹を慰めるために、努めて優しく言った。

『大丈夫だ。誰かに見られていた訳じゃないだろ? まず普通に過ごしてきちんと授業を受けるんだ。そういう奴は他の生徒にも似たような事をしているだろうから、いずれ罰がくだる。春佳はこれ以上関わらないようにして、二人きりになるのを徹底的に避けろ』

『……分かった』

 俺は涙を零している彼女の頭をポンポンと叩く。

『仕返しをされないか心配だろうけど、ちゃんと授業を受けてテストでいい点をとれば落第はしない』

 春佳が帰ったあと、俺はパソコンで多田という数学教師について調べ、匿名掲示板から奴に関する情報をサルベージしていった。

 そして多田についての被害者スレッドをつくり、複数人になりすまして被害を訴えると、面白いほど同類が〝釣れた〟。

 掲示板では炎上と言っていいほど多田への罵詈雑言で盛り上がり、ある程度情報が出きった頃になり、それをプリントアウトして学校に送りつけた。

 その後、多田は破滅した。

 後日春佳から【先生がいなくなった】と連絡があり、俺は何食わぬ顔で【良かったじゃないか。新しい先生からしっかり教えてもらうんだぞ】と励ましておいた。

 そのまま、妹を気に掛けながら自由に生きる生活が、穏やかに続いていくものと思っていた。

 春佳が大学に入ったあと、再度彼女に『一緒に住まないか』と誘ったが、以前とさほど変わらない返事をされた。

『自立は大切かもしれないけど、大学は家から通える所にあるし、お兄ちゃんを頼る必要はない。お父さんはご飯を作らないし、お母さんが何もしなかったらみんなコンビニ弁当で済ませちゃう。私がご飯を作れば節約できるし、家を出るつもりはないよ』

 成長すれば春佳も家庭環境の異常さを知るかと思ったが、彼女はますます『両親を支えないと』と思うようになった。

 あまりしつこく言っても疑われるので、『そうか』と言って引き下がった。

 実家は一般家庭より少し余裕があるので、家政婦を雇えば春佳だって大変な思いをしなくて済む。

 だが父親は自分の異常さを知られるのを怖れ、昔から他人を家に上げるのを嫌っていた。

 だから家政婦を雇うという発想に至らず、春佳が奴隷のように働かなければならなかった。

 ――それでも、さすがに大学を卒業したら一人暮らしするだろう。

 あと数年の我慢だと、自分に言い聞かせていた二十六歳、三月の末――。

 会社から自宅マンションに帰った時、外に一人の男が立っているのに気づいた。

 六年会っていなくても分かる。あの体のシルエットは――。

 顔から血の気を引かせた俺は、その場に立ち止まる。

 着ているスーツはそこそこ上等なはずなのに、くたびれきった印象のある男――、父は、薄ら笑いを浮かべて俺に近づいてきた。

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