有罪愛
――あの悪魔を殺さなくてはいけない――。
――だが、俺が犯罪者になったら春佳を守れない。
――どうすれば誰にも気づかれずあの男を殺せるか、考えなくてはいけない。
それからしばらく、俺はあいつを殺す事だけを考えて生活し続けた。
出勤して無心にコードを打っても頭にあいつの顔がチラつき、気が狂いそうになる。
食欲も落ちてろくに眠れず酷い顔色をしていたからか、先輩の小村さんが心配してくるようになった。
まさか『父親を殺す方法を考えているんです』など言える訳もなく、体調が悪いと言って誤魔化した。
父親を殺すための手段は、大体見当をつけていた。
刃物で殺害すれば大事件になり、警察に捜査された挙げ句逮捕されてしまう。
人が死んでも騒ぎにならないのは何か、と考えれば、やはり自殺だ。
幸いあの男は煙草を吸っている。
実家では夏になると麦茶を作る習慣があるから、ニコチンが溶けた液を麦茶に混ぜれば、急性ニコチン中毒で死んでくれるのではないか――。
そう思い、七月の連休に春佳と母を実家から遠ざける事にした。
母親の監視下にある春佳は門限通りに行動しているが、もっと自由に遊びたいはずだ。
今でも時々遅くなっては怒られていると聞くし、自分へのご褒美にカフェで甘い物を食べたい、友達と旅行に行きたいという欲を持っている。
なら、母親が家を空ければ、春佳も遊びに行きたいと願うだろう。
春佳を連れ出す役割は、彼女の親友である北原千絵に任せた。
千絵と仲良くすれば、妹が大学でどう過ごしているか教えてもらえるメリットがあるので、優しく接し続けてきた甲斐があった。
四月に入り、俺は千絵を東京駅近くのカフェに呼び出した。
『どうしたんですか? 春佳には内緒って……』
現れた千絵は、不思議そうな表情で席に座る。
『好きな物を頼んでいいよ。……実は今回、千絵ちゃんに頼みがあるんだ』
『ありがとうございます。……頼み?』
彼女はメニューを手に取り目を瞬かせる。
俺は脚を組み、少し照れくさそうに言った。
『春佳の事なんだけど、ずっと母親を気にして自由に遊べずにいるだろ?』
『……そうですね。女子大生にしては門限が厳しすぎて気の毒です』
千絵は春佳を大切に思ってくれているらしく、眉間に皺を寄せて言う。
『君の言う通りだよ。春佳は毒親に洗脳されて、自分が虐待されていると分からずにいる。俺は妹を実家から出してあげたいと思っているが、春佳が自覚しない限りどうする事もできない。無理に家から出せば『戻る』と言いかねないし、俺を憎むかもしれない』
少し翳りのある表情で言うと、彼女は真剣な顔で頷いた。
『冬夜さんの言う通りだと思います。春佳はとてもいい子ですが、ちょっと周りが見えなくなっていると思います。私も時々指摘しているんですが、あまり言い過ぎると喧嘩になりそうで……』
『妹を大切に想ってくれてありがとう。春佳はいい友達を持ったな』
『へへ、やめてくださいよ。冬夜さんみたいな格好いい人に言われたら、調子に乗っちゃいますから』
照れ笑いをした千絵はケーキセットを頼み、俺はホットコーヒーをオーダーした。
待っている間、俺は本題を切り出す事にする。
『それで、頼みなんだけど』
『あっ、はい! 冬夜さんのお願いなら、なんでも聞きます』
千絵は身を乗り出して言い、俺は純真な彼女に微笑みかける。
そしてバッグからチケットホルダーを出した。
『ここにチケットがあります』
半分ふざけながらゆっくりとチケットをテーブルの上に滑らせると、千絵の目が輝く。
チケットホルダーには有名テーマパークのフリーパスと、敷地内にあるホテルの名前が書かれてあったからだ。
『えーっ!? これ、どうしたんですか?』
彼女は両手を合わせ、期待の籠もった目で俺を見る。
『春佳に羽を伸ばしてほしいと思って。ペアだから、良かったら一緒に行ってあげてくれないか? 七月半ばの連休で予約を取ったんだけど』
『勿論です! わーっ! 嬉しい! 役得!』
千絵は声を弾ませ、大喜びする。
『……ただ、もう一つお願いがあるんだ。俺からのプレゼントだと知ったら、春佳は遠慮すると思う』
少し声のトーンを落として言うと、彼女もまじめな顔になって頷いた。
『そうですね。〝自分だけ楽しい思いをしていいのか〟って思いそうです』
『だから、千絵ちゃんの身内が行く予定だったけど、急に行けなくなったからチケットを譲ってもらった……という体にしてもらえないかな? 勿論、千絵ちゃんのご両親には、本当の事を言ってもらって構わない。多分、うちの事情を聞いたら俺の気持ちを理解してくれると思うから』
そう言うと、千絵はあっさり頷いた。
――だが、俺が犯罪者になったら春佳を守れない。
――どうすれば誰にも気づかれずあの男を殺せるか、考えなくてはいけない。
それからしばらく、俺はあいつを殺す事だけを考えて生活し続けた。
出勤して無心にコードを打っても頭にあいつの顔がチラつき、気が狂いそうになる。
食欲も落ちてろくに眠れず酷い顔色をしていたからか、先輩の小村さんが心配してくるようになった。
まさか『父親を殺す方法を考えているんです』など言える訳もなく、体調が悪いと言って誤魔化した。
父親を殺すための手段は、大体見当をつけていた。
刃物で殺害すれば大事件になり、警察に捜査された挙げ句逮捕されてしまう。
人が死んでも騒ぎにならないのは何か、と考えれば、やはり自殺だ。
幸いあの男は煙草を吸っている。
実家では夏になると麦茶を作る習慣があるから、ニコチンが溶けた液を麦茶に混ぜれば、急性ニコチン中毒で死んでくれるのではないか――。
そう思い、七月の連休に春佳と母を実家から遠ざける事にした。
母親の監視下にある春佳は門限通りに行動しているが、もっと自由に遊びたいはずだ。
今でも時々遅くなっては怒られていると聞くし、自分へのご褒美にカフェで甘い物を食べたい、友達と旅行に行きたいという欲を持っている。
なら、母親が家を空ければ、春佳も遊びに行きたいと願うだろう。
春佳を連れ出す役割は、彼女の親友である北原千絵に任せた。
千絵と仲良くすれば、妹が大学でどう過ごしているか教えてもらえるメリットがあるので、優しく接し続けてきた甲斐があった。
四月に入り、俺は千絵を東京駅近くのカフェに呼び出した。
『どうしたんですか? 春佳には内緒って……』
現れた千絵は、不思議そうな表情で席に座る。
『好きな物を頼んでいいよ。……実は今回、千絵ちゃんに頼みがあるんだ』
『ありがとうございます。……頼み?』
彼女はメニューを手に取り目を瞬かせる。
俺は脚を組み、少し照れくさそうに言った。
『春佳の事なんだけど、ずっと母親を気にして自由に遊べずにいるだろ?』
『……そうですね。女子大生にしては門限が厳しすぎて気の毒です』
千絵は春佳を大切に思ってくれているらしく、眉間に皺を寄せて言う。
『君の言う通りだよ。春佳は毒親に洗脳されて、自分が虐待されていると分からずにいる。俺は妹を実家から出してあげたいと思っているが、春佳が自覚しない限りどうする事もできない。無理に家から出せば『戻る』と言いかねないし、俺を憎むかもしれない』
少し翳りのある表情で言うと、彼女は真剣な顔で頷いた。
『冬夜さんの言う通りだと思います。春佳はとてもいい子ですが、ちょっと周りが見えなくなっていると思います。私も時々指摘しているんですが、あまり言い過ぎると喧嘩になりそうで……』
『妹を大切に想ってくれてありがとう。春佳はいい友達を持ったな』
『へへ、やめてくださいよ。冬夜さんみたいな格好いい人に言われたら、調子に乗っちゃいますから』
照れ笑いをした千絵はケーキセットを頼み、俺はホットコーヒーをオーダーした。
待っている間、俺は本題を切り出す事にする。
『それで、頼みなんだけど』
『あっ、はい! 冬夜さんのお願いなら、なんでも聞きます』
千絵は身を乗り出して言い、俺は純真な彼女に微笑みかける。
そしてバッグからチケットホルダーを出した。
『ここにチケットがあります』
半分ふざけながらゆっくりとチケットをテーブルの上に滑らせると、千絵の目が輝く。
チケットホルダーには有名テーマパークのフリーパスと、敷地内にあるホテルの名前が書かれてあったからだ。
『えーっ!? これ、どうしたんですか?』
彼女は両手を合わせ、期待の籠もった目で俺を見る。
『春佳に羽を伸ばしてほしいと思って。ペアだから、良かったら一緒に行ってあげてくれないか? 七月半ばの連休で予約を取ったんだけど』
『勿論です! わーっ! 嬉しい! 役得!』
千絵は声を弾ませ、大喜びする。
『……ただ、もう一つお願いがあるんだ。俺からのプレゼントだと知ったら、春佳は遠慮すると思う』
少し声のトーンを落として言うと、彼女もまじめな顔になって頷いた。
『そうですね。〝自分だけ楽しい思いをしていいのか〟って思いそうです』
『だから、千絵ちゃんの身内が行く予定だったけど、急に行けなくなったからチケットを譲ってもらった……という体にしてもらえないかな? 勿論、千絵ちゃんのご両親には、本当の事を言ってもらって構わない。多分、うちの事情を聞いたら俺の気持ちを理解してくれると思うから』
そう言うと、千絵はあっさり頷いた。