有罪愛
 世間から見れば異常な想いかもしれないが、俺は春佳が何より大事だ。

 生まれてこの方、他の女性に目を向けた事がないし、性的に見る事もできなかった。

 俺にとっての〝特別〟は春佳だけで、彼女のためなら命を投げ出しても構わない。

 父親が死んで春佳に害を為す存在がいなくなったあと、あとは彼女の幸せを祈るだけ……と思いたいが、ちょっとやそっとの相手に彼女を託したくない。

 チャラついた男は論外だし、せめて難関大学と呼ばれる学校を卒業していなければ。

 年収や職業にだってこだわりたいし、一番大切なのは性格だ。

 春佳を大切にし、優しくしてくれる男でなければ絶対に許可できない。

 ――俺じゃ駄目なのか?

 その時、心の奥底からポコンとあぶくが沸き起こり、疑問を投げかけてくる。

(春佳は俺を兄としてしか見ていない。それに世間が許さないだろう)

 ――愛しているんだろう?

 その問いに、俺は目を閉じて考えた。

 愛しては、いる。

 妹としてこの上なく大切にし、周囲から自慢の兄と思われるよう接してきた。

 兄の欲目かもしれないが、春佳はとても可愛い。

 彼女の何もかもに庇護欲をかき立てられ、全身全霊で守りたくなる。

 春佳以上の女性はいないし、一番つらい時は妹がいたから頑張ってこられた。

 だから春佳より大切に思える女性が現れると思っていない。

 だがこの想いを第三者が聞けば、こう言うだろう。

『虐待されて視野が狭くなり、側にいた妹に救いを求めた気持ちは分かる。でも家から出て独立して父親の呪縛から解き放たれたなら、人生の次のステージに移ったらどうだ? 妹だっていつまでも兄に依存されていたら、本当の意味で幸せになれないだろう』

 分かっている。そう言われたら何も言えなくなる。

 それでも、俺には春佳しかいない。

 春佳のために父親を殺す覚悟を持った。

 妹のためなら何でもできる。

(この気持ちは、許されないものなんだろうか)

 考えるとつらくなり、目の奥が熱くなって涙が滲んだ。

 父親から解放されたと思った途端、長年張り詰めていた色んなものが緩み、脆く崩れてしまいそうだ。

 当分は心理的な負担があるとしても、あいつがいないなら実家に戻れるかもしれない。

 これから春佳は母親と二人きりになり、きっと今まで以上に大変な思いをするだろう。

 ――そこにスッと手を差し伸べ、救世主のように春佳を助けるんだ。

 ――彼女が父親の死や母親の不安定さに耐えられなくなった時、春佳を迎えにいく。

 極限状態に陥った俺は、自ら妹を絶望の谷に落として救おうとしている事に気づいていなかった。

(春佳と同居すれば、きっと今までより親密になれるはずだ)

 淡い期待を持つと、胸の奥がウズウズして堪らなくなった。

 飛び降り自殺を見てショックを受けた心が、妹との甘美な夢に癒しを求めている。

(大丈夫。きっとうまくいく)

 興奮とショックとで正常な判断を下せなくなった頭は、「これからは自分の人生はきっと良くなる」と言い聞かせるしかできなかった。

「……幸せになりたい」

 俺は窓に頭をつけ、ポソリと呟く。

 誰だって幸せになりたいと思って生きているだろうが、俺と春佳ほど〝普通〟の幸せを求めている者はいない。

 六年前にあの家を出たあと、すぐに自由を満喫できた訳じゃない。

 毎日トラウマに苦しめられ、夜もろくに眠れず、心療内科に通って薬を飲みながら、努めて〝普通〟のふりをし続けた。

 まともに人を愛せず、両親を憎み、気に掛けるのは実の妹だけ。

 こんなの何も〝普通〟じゃないし〝幸せ〟じゃない。

(普通の人になりたい。何にも怯えず、愛する人を守る一人の男として生きていきたい)

 俺はささやかな願いを胸に、唇を震わせて涙を流す。

 これから訪れるかもしれない幸せと平穏な生活は、父親の死の上に築かれたものだ。

 最期に見た父親の顔、人間が地面に叩きつけられたあの音を忘れる事はできない。

「……助けてくれ。……春佳……っ」

 俺は小さな声で妹に助けを求め、両手で己を抱き締めて誰にも知られず泣いた。







 京都に着いたあと、宿泊していたホテルに戻り、泥のように眠った。

 昼過ぎに起き、少しぐらいは京都らしいものをと思い、駅の近くにある和食料理店で湯葉料理を食べた。

 本当は食欲などなかったが、証拠となる写真は多いに越した事はない。

 帰り際、女装セット一式を袋に入れ、処分してほしいとメモに書いておいた。

 チェックアウト後、俺は春佳に土産を買い、新幹線に乗る。

 東京駅に着いたのは昼過ぎで、新幹線に乗っている途中で春佳から連絡が入った。

【お父さんが死んじゃった】

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