有罪愛

告白

『私、この家出ていく』

 ――おい、そこまで求めてない。

 春佳は嫉妬以上の反応を見せ、俺は慌てて妹を引き留める。

『そんな事はない。馬鹿な事を考えるな』

 けれど春佳は小村さんを恋人だと思い込んでいるようで、『家に恋人を呼べないのは申し訳ない、お邪魔虫は出ていく』と言い張る。

 だから、つい小村さんを悪者にしてしまった。

 俺は彼女に好かれ、付きまとわれていると――。

 でも妹に小さな嘘をついたぐらいで、小村さんに知られるとは思わないし、今後なんの問題もないだろう。



**



(なにこれ……)

 飛ばし飛ばしに兄の日記を読み終えた春佳は、呆然としてモニターを見つめる。

 何かもがショックで、考えようとしても思考が纏まらない。

 しかし一つだけ分かる事がある。

(……お兄ちゃんが戻ってくる前に、ここを出ないと)

 春佳はパソコンをシャットダウンし、回転椅子をもとの角度にしたあと書斎を出る。

(文面から、カメラがあるのはリビングダイニングと、私の部屋)

 書斎にカメラがない事を信じたい。

 だが冬夜が動画をチェックし、春佳がリビングにも部屋にもいないと知れば、長時間どこにいたのか、いぶかしがるだろう。

(そんな事より……)

 考え事をしようと思っても、どこにも安らげる場所がない。

 苦悩した挙げ句、春佳は自室のベッドに入って布団を被り、必死に思考を巡らせた。

(お父さんは本当に自殺だった。……でもお兄ちゃんはお父さんを殺すつもりだった。……理由は性的な虐待を受けていた恨みと、私を守るため……)

 それだけでも、想像の許容量を遙かに超えた情報で頭が痛くなる。

 何より、一番驚いたのは――。

(私はお父さんに性暴力なんて受けてない!)

 大きな声で、その事実を兄に伝えたい。

 けど、どうやって知らせるべきなのだろう。

 兄が憎しみを爆発させたきっかけは、〝父が妹を襲った〟と思わせた嘘だった。

(お父さん、どうして嘘をついたの? 日記に書いてあった通りの言い方なら『レイプした』と名言してない。お兄ちゃんはトラウマがあるから、煽られて勝手に勘違いしただけ)

 父が何らかの思惑で息子の殺意を煽ったなら、あの飛び降り自殺は用意周到に計画された事になる。

 ただ自発的に飛び降りるだけでは駄目だったのだ。

 父は冬夜の憎しみを受け、彼と二人きりになったタイミングで死ななければならなかった。

(そんなに死にたかった? お兄ちゃんが二十六歳になったから『もういいや』って思った? 訳が分からない)

 心の中で様々な疑問を浮かばせても、答える者はいない。

(但馬くんと、多田先生は……)

 自然消滅してしまった元彼と、迫ってきた教師の裏で冬夜が暗躍していたと思うと、何とも言えない気持ちになる。

(千絵も、裏でお兄ちゃんに協力してた……)

 だがそれよりも――。

(……お父さんがお兄ちゃんをレイプしていたなんて……。お父さんは私にとって、優しくて温厚な父親だったのに……っ)

 何もかも信じられなくなった春佳は、肩を震わせ嗚咽する。

(お兄ちゃんが両親を憎む気持ちは分かる。分かるけど……っ。どうしてこうなっちゃったの!?)

 家族四人、バラバラの方向を見て生きてきた。

 父は倒錯した想いを抱いて息子を愛し、母は子供たちに興味を持たず、夫の愛を得られない妻として生きた。

 兄は耐えがたい苦しみから逃れるために妹に依存し、自分を苛む父と、最愛の妹を虐待する母を憎んだ。

 ――私は……。

 春佳は兄の身に何があったかを知らず、父を温厚ないい人と思い、母の事は『病気で不安定な人』と思っていた。

 母が精神科に通う理由は父の行動にあったというのに。

 母は夫に女として求められない上、息子をレイプしていた事実に耐えられなくなったのだろう。

 春佳はそんな事を知らず、兄は思春期で父と折り合いが悪くなり、自立して出ていったのだと思い込んでいた。

 そして兄の苦しみを知らず、『置いていかれた』と子供っぽい恨みを抱いていた。

 ――一番、鈍感なのは私だ。

 ――みんな想像を絶するつらさを抱えているのに、私は『自分が一番不幸』みたいな顔をして、悲劇のヒロインぶっていた。

「……馬鹿みたい……」

 布団の中で、春佳は両手で顔を覆って呟く。

 ――自分のあまりの愚鈍さが嫌になる。

 ――同じ家で暮らしていたのに、私は家族の秘密を何も分かっていなかった。

 春佳は激しく嗚咽し、喉が痛くなるまで泣いた。

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