有罪愛
 冬夜が帰宅した頃、春佳は兄が部屋を窺った気配をを感じて息を殺す。

 兄は自室に荷物を置いたあと、バスルームに向かってシャワーを浴び始めた。

 その水音を聞きながら、春佳はぼんやりと考える。

(私に何ができるだろう。……お母さんに嫌われているなら、もう会わないほうがいいのかな? お兄ちゃんには幸せになってほしいけど、何をすればいいの?)

 今は衣食住すべての面倒を、冬夜にみてもらっている。

 アルバイトで少し稼げているといっても、まだ自活能力がない。

(……いや、夜も働けばなんとかなる? 地方から東京に来て、仕送りなしに学生生活を送っている人だっている)

 思えば、何かあった時はいつも兄が解決してくれていた。

(それじゃあ駄目なんだ。本当に大好きな人の幸せを願うなら、いつまでも受け身じゃ駄目だ。『一人でも生きていけるから大丈夫だよ』って言わないと)

 心の中で理想を語る一方で、泥にまみれた闇の春佳が囁く。

 ――お兄ちゃんは私の事が好きなんでしょう?

 ――このまま、大好きなお兄ちゃんと一緒に、どこまでも堕ちればいいじゃない。

 あまりに昏く蠱惑的な囁きに、春佳は身を震わせる。

(そんなの、いけない)

 そう思うと、バスルームから聞こえてくる水音がとても淫靡なものに思えた。

 アコーディオンドアの向こうには、全裸の冬夜がいる。

 芸能人顔負けの美貌を持つ彼の裸身は、どんなに美しいだろうか――。

 そこまで考え、春佳は首を横に振り、よこしまな考えを必死に打ち消す。

(お兄ちゃんは誰よりも、自分を性的に見られる事を嫌ってる)

 春佳は自分に言い聞かせつつ、異常な家族の事情を知った今、どこまでが倫理的に許されるのか分からなくなり、良識の境界線が溶けた感覚に陥った。

 父が兄にした事は犯罪だし、兄と妹が恋をするのは禁忌だ。

(でもバレなかったお父さんは無実のままだし、私とお兄ちゃんだって、プラトニックの関係なら誰にも文句を言われないんじゃ……?)

 考える春佳の中で、あらゆる常識、倫理がドロドロと溶けていく――。



**



 デスマーチ中の冬夜は、春佳の不審な行動に気づいていただろうか。

 彼が多忙にしている間はあまり顔を合わせなかったので、春佳は大人しく大学に通ってアルバイトに行っていた。

 冬夜が抱えていた案件が落ち着いたのは、それから一週間後の木曜日だった。







 冬夜は木、金曜日と休みをもらったらしく、水曜日に帰ったあと、ネジが切れたように爆睡していた。

 木曜日に講義を終えた春佳が帰宅すると、冬夜は幾分さっぱりした顔でソファに座り、本を読んでいた。

「おかえり」

「……ただいま」

 兄と顔を合わせるのが後ろめたくて堪らない。

(でももう終わりにしよう。すべて話して、本当の意味で自由になりたい)

 部屋にバッグを置いた春佳は、手を洗ってキッチンでオレンジジュースをコップ一杯注ぎ、冬夜に「いる?」と尋ねる。

「いる。サンキュ」

 春佳は兄の分もジュースを注ぎ、彼の隣に座った。

「……あのね、話があるの」

 改めて言ったからか、冬夜の纏う空気が微かに緊張する。

「私、勇気を出して全部話すから、お兄ちゃんも答えてほしい」

 冬夜は何も答えなかった。

「……時系列順に言うと、私、代々木上原のイタリアンバルで、お兄ちゃんが小村さんと一緒にいるのを見た」

「……ああ」

 彼はボソッと返事をする。

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