有罪愛
『兄はとても優秀な人だけど、私はそうなれなかった。学校では成績のいいほうだけど、兄みたいに難関大学の医学部なんて入れない。……両親はそんな私に期待するのをやめたみたい。跡継ぎは兄さえいればいいの。……だから〝優那は自由に生きなさい〟って言われてる。……〝自由に〟って、さも私の主体性を重んじているような言葉だけど、見放しているも同然だよ』

 いつもみんなの中心で輝いている優那が、そんな悩みを抱えているとは思わなかった。

 驚くと同時に、私は彼女が自分にだけ本音を話してくれた事に喜びを感じていた。

『……だから私、誰かに認められたくて、愛されたくて、みんなにいい顔をしているの』

 自嘲するように言った優那の言葉を聞き、私はグッと心に決意を固める。

 ――彼女から愛されなくても、優那の味方で居続ける。

 ――どんなに困難な事があっても、絶対に彼女を助けるんだ。

 縁の下の力持ちは、表舞台で活躍しなくてもいい。

 悲しむ彼女の涙を拭って胸を貸すのは、見目麗しい男性に任せればいい。

 私は優那が進む道に転がる石をどけ、少しでも歩きやすくなるよう努めるだけだ。

 ――この恋が報われなくてもいい。

 ――パッとしない人生を歩んでいた僕に、生きる意味を与えてくれた優那のためなら、人生を擲っても構わない。

 ――あなたは冬の夜に輝く北極星のような、たった一つ変わる事のない導き星だ。

 私は優那の手を握る事もせず、ただ隣を歩く。

 それが私と彼女に似合いの距離感だ。



**



『……瀧沢先輩って、北條先輩の事が好きなんですか?』

 ある日、図書室で後輩の長瀬にそう尋ねられた。

 彼女は三つ編みおさげの地味な雰囲気の女子生徒で、大人しく本が好きな少女だ。

 好んで読んでいるのは少女向けの恋愛小説で、遊びに来ているクラスの友達と本の話をしては笑顔を見せている。

 彼女たちが『物語のような素敵な恋をしたい』と言っているのを聞き、私は『純粋でいいな』と思っていた。

 そんな彼女に尋ねられ、私は淡々と答える。

『違うよ』

 嘘ではない。優那の事は恋愛的に好きという感情を超え、崇拝に近い想いだ。

 そして私は唯一神の守護者になる、揺るぎない決意を固めている。

 だから「好き」という容易い言葉で表せる感情ではない。

 そう答えると、長瀬は溜め息をつき、少し苛立ったように言う。

『あの人、瀧沢先輩のいないところで、先輩の事を馬鹿にしてますよ?』

 批判の籠もった声を聞き、逆に私のほうが苛立ちを感じた。

『そうやって〝告げ口〟をして楽しい? 彼女が華やかなのは分かっているし、話の流れ上、僕みたいなのを馬鹿にする事だってあるだろう。本人の気持ちを確認していないのに、決めつけるのはやめたほうがいいと思うけど』

 冷淡に言うと、長瀬はサッと赤面して黙った。

『……だって、好きな人の事を悪く言われているの、嫌だったんだもん』

(……は?)

 生まれて初めて女子からそんな言葉を向けられ、私は目を見開く。

『好きって……』

 戸惑いを見せると、長瀬は目を潤ませて俯く。

『……瀧沢先輩の事が好きなんです……っ』

 そのあと、長瀬は私を好きな理由を述べていたが、これといった感情は抱かなかった。

(……なんだこいつ)

 心に浮かんだのは、喜びや照れではなく、外国人を前にしているような気持ちだ。

(僕の事が好き? 大して話した事もないのに、勝手に僕を知ったつもりになって何を言っているんだ)

 まくし立てるように私の良い点を並べ立てている長瀬を見ると、もともと冷めていた気持ちがさらに冷めていく。

 やがて長瀬の一方的な話が終わったあと、私は努めて穏やかに言った。

『長瀬は図書室とか、先輩とか、そういうシチュエーションに酔って恋をした錯覚に陥っているだけだ』

 そう言うと、彼女は傷付いた顔をした。

 けれど私も自分の考えを変えるつもりはない。

 彼女に好かれようと思って接した覚えはないし、特に意識して優しくした事もない。

 私は自分が男として劣っていると自覚している。

 身長だけはヒョロッと高いが、筋肉はつかず痩せていて、顔立ちも凡庸で、成績だって軍を抜いていいわけではない。

 長瀬は優しいとかミステリアスとか、陰のある美形だの美辞麗句を並べ立てたが、何を聞いても極端に美化しているとしか思えない。

 思春期の少女が恋に恋をするのはよくある事だし、大人になったあと『なんであんな人を好きになったんだろう』と笑い話にするのがオチだ。

 私は異性と付き合って輝かしい青春時代を送るつもりはなく、ただ優那の黒子となって人知れず彼女の役に立ちたい。

『気持ちはありがたいけど、受け取れない。ごめん』

 そう言うと、私は返却された本を書架に戻しに行く。

 そんな私を、長瀬は物言いたげな目で見つめていた。



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