有罪愛
『……最初、物静かで大人っぽいところを〝いいな〟と思いました。書架を見る横顔がとても綺麗で、骨張った長い指で本の背表紙をたどる姿が印象的でした』
彼女の答えを聞き、随分と美化されているものだなと感じた。
『……知っての通り、私はどちらかと言えば、いじめられやすいタイプです。だからクラスの中心にいるような騒がしい男子は嫌いでした。ああいう人たちは、目立つ系の女子しか眼中にないですし、私みたいな女子を見下しています。そういう人の人間性が、今後大きく変わると思いませんから』
嫌そうな顔で言う長瀬は、何かを思いだしたように眉間に皺を寄せる。
確かに在学時、彼女は図書室で『今日クラスの男子にこんな嫌な事を言われた』と零していた。
『だから私、穏やかな人が好きなんです。先輩は本好きだし、沈黙しても変に焦る必要のない落ち着ける人です。……でも、先輩は北條先輩が好きだとすぐに分かりました。自分が敵わない恋をしている事は理解しましたけど、どうしてもあなた以上に好きになれる人ができないんです。高校生時代の放課後の図書室での時間が、私にとって一番輝いている時でした』
『……長瀬は僕を過大評価していると思うけど』
半ば呆れて言うと、彼女は微笑んだ。
『私の心の中ぐらい、自由にさせてくださいよ。現実のあなたは今でも北條先輩に夢中で、彼女の息子を女の子として育てるおかしな人。そんなあなたの秘密を受け入れ、結婚したいと思う私も、きっとどこかおかしいんです。……普通に生きてきたはずなのに、……あの男に犯された時から、私は壊れてしまった……』
長瀬はクシャリと歪んだ顔で笑い、新たに流れた涙を拭う。
『だから、思い出ぐらい美化させてください。……あなただって……』
そこまで言い、長瀬は視線を落とす。
彼女の言わん事を察し、私は胸ポケットから煙草を出そうとして――、冬夜を育て始めてからやめた事に気づいて手を彷徨わせる。
長瀬はこう言いたかったのだろう。
――あなただって、北條先輩にいいように使われている現実から、目を逸らしていたでしょう?
すべて言わなかった長瀬は、私を慮ってくれたのだ。
『……じゃあ、これから宜しく。涼子』
妻らしく名前で呼ぶと、彼女は真っ赤になった。
その姿を見ても、依然として私の中には嬉しいとか、彼女を可愛いと思う気持ちは芽生えなかった。
『とりあえず、無事に出産する事を第一に考えよう。出産費用は心配しなくていいし、検診もきちんと行くんだ。いつ破水するか分からないから、引っ越し業者にすぐ連絡を入れて、僕の家に越しておいで。何かあったらすぐ車で病院に行けるようにする。出産が終わったら、家族四人で暮らしても問題ない広さの家を見つけよう』
『……はい』
『指輪にこだわりは? 僕は夫婦になるなら何でもいいけど』
『特にありません。色々お金がかかるでしょうから、安い物で構いません』
『分かった。指輪が高かったらいい夫婦になれるわけでもないしな』
そう言うと、涼子は『確かに』と笑った。
そのように、カップ麺のような即席家族ができた。
両親に結婚すると伝えると、相手が妊婦だと知るや否や心底呆れられた。
母は『あなたは何なの!』と混乱し、まともな大人になってくれない子供に苛立ちをぶつける。
しかし母も女性として臨月の妊婦を無下に扱う事はできず、話は無事に子供が生まれてからという事になった。
涼子の事情はあとから説教すると言ったが、両親はとうに諦めているように思えた。
もともと、私がカナコの〝息子〟を、女の子として育てている時点で、まともではないと感じていたのだろう。
説教をしたって涼子が出産すれば子供を育てなければならないし、私が『父親になる覚悟はある』と言うなら、好きにさせるしか道はない。
冬夜を育て始めた時もだが、私は一度も両親に『助けてほしい』と言っておらず、自力で何とかしてきた。
だから両親としても、渋々承諾するしかないのだろう。
やがて、涼子は女の子を出産した。
三月三日生まれのその子は、クリスマス生まれの冬夜に対して春佳と名付けられた。
彼女の答えを聞き、随分と美化されているものだなと感じた。
『……知っての通り、私はどちらかと言えば、いじめられやすいタイプです。だからクラスの中心にいるような騒がしい男子は嫌いでした。ああいう人たちは、目立つ系の女子しか眼中にないですし、私みたいな女子を見下しています。そういう人の人間性が、今後大きく変わると思いませんから』
嫌そうな顔で言う長瀬は、何かを思いだしたように眉間に皺を寄せる。
確かに在学時、彼女は図書室で『今日クラスの男子にこんな嫌な事を言われた』と零していた。
『だから私、穏やかな人が好きなんです。先輩は本好きだし、沈黙しても変に焦る必要のない落ち着ける人です。……でも、先輩は北條先輩が好きだとすぐに分かりました。自分が敵わない恋をしている事は理解しましたけど、どうしてもあなた以上に好きになれる人ができないんです。高校生時代の放課後の図書室での時間が、私にとって一番輝いている時でした』
『……長瀬は僕を過大評価していると思うけど』
半ば呆れて言うと、彼女は微笑んだ。
『私の心の中ぐらい、自由にさせてくださいよ。現実のあなたは今でも北條先輩に夢中で、彼女の息子を女の子として育てるおかしな人。そんなあなたの秘密を受け入れ、結婚したいと思う私も、きっとどこかおかしいんです。……普通に生きてきたはずなのに、……あの男に犯された時から、私は壊れてしまった……』
長瀬はクシャリと歪んだ顔で笑い、新たに流れた涙を拭う。
『だから、思い出ぐらい美化させてください。……あなただって……』
そこまで言い、長瀬は視線を落とす。
彼女の言わん事を察し、私は胸ポケットから煙草を出そうとして――、冬夜を育て始めてからやめた事に気づいて手を彷徨わせる。
長瀬はこう言いたかったのだろう。
――あなただって、北條先輩にいいように使われている現実から、目を逸らしていたでしょう?
すべて言わなかった長瀬は、私を慮ってくれたのだ。
『……じゃあ、これから宜しく。涼子』
妻らしく名前で呼ぶと、彼女は真っ赤になった。
その姿を見ても、依然として私の中には嬉しいとか、彼女を可愛いと思う気持ちは芽生えなかった。
『とりあえず、無事に出産する事を第一に考えよう。出産費用は心配しなくていいし、検診もきちんと行くんだ。いつ破水するか分からないから、引っ越し業者にすぐ連絡を入れて、僕の家に越しておいで。何かあったらすぐ車で病院に行けるようにする。出産が終わったら、家族四人で暮らしても問題ない広さの家を見つけよう』
『……はい』
『指輪にこだわりは? 僕は夫婦になるなら何でもいいけど』
『特にありません。色々お金がかかるでしょうから、安い物で構いません』
『分かった。指輪が高かったらいい夫婦になれるわけでもないしな』
そう言うと、涼子は『確かに』と笑った。
そのように、カップ麺のような即席家族ができた。
両親に結婚すると伝えると、相手が妊婦だと知るや否や心底呆れられた。
母は『あなたは何なの!』と混乱し、まともな大人になってくれない子供に苛立ちをぶつける。
しかし母も女性として臨月の妊婦を無下に扱う事はできず、話は無事に子供が生まれてからという事になった。
涼子の事情はあとから説教すると言ったが、両親はとうに諦めているように思えた。
もともと、私がカナコの〝息子〟を、女の子として育てている時点で、まともではないと感じていたのだろう。
説教をしたって涼子が出産すれば子供を育てなければならないし、私が『父親になる覚悟はある』と言うなら、好きにさせるしか道はない。
冬夜を育て始めた時もだが、私は一度も両親に『助けてほしい』と言っておらず、自力で何とかしてきた。
だから両親としても、渋々承諾するしかないのだろう。
やがて、涼子は女の子を出産した。
三月三日生まれのその子は、クリスマス生まれの冬夜に対して春佳と名付けられた。