有罪愛
 春佳は誕生時に体が小さくて成長に懸念があったが、涼子と二人三脚で育てるうちに普通の子と同じような成長を見せ、安堵した。

 大きくなるにつれて体調を崩す事はなくなったが、育児ノイローゼになりかけていた涼子は、初めての子である事も相まってとても心配性になっていた。

 私は涼子に専業主婦として家を守ってもらい、子供たちの世話を頼んだ。

 彼女が春佳に満足な愛情を注げないのは承知の上だが、私との約束は守ってくれると信じていたからだ。

 涼子は食事を作り、掃除や洗濯など家事もこなし、子供たちの面倒もみてくれた。

 けれど春佳を見ては泣き始める事もあり、情緒面に不安があった。

 彼女はレイプされてから精神科に通っているらしく、薬を呑み続けている。

 心身共に健康な女性でも、子育てをしていれば疲れ果てる。

 私は育児経験があるが、涼子は初めての子育ての上、情緒が安定していない。

 だからなのか、以前のように母が家を訪れて涼子を慰め、育児を手伝ってくれた。

 涼子は母と共に過ごすうち、困り果てていた自分を、私が助けたのだと打ち明けたようだ。

『先輩も冬夜の子育てで大変な中、昔のよしみで、レイプされた子を身ごもって途方に暮れていた私を助けてくれたんです』と。

 それを聞いた母の態度は軟化し、私たち家族に協力的になっていった。

 私が何度も繰り返した『どんな形であっても、血が繋がっていなくても家族だ』という言葉を、母なりに重たく受け止めたのだろう。

 両親の中では私は〝いつまで立ってもまともに育たない息子〟だっただろうが、知らないうちに父になる覚悟、責任を持てる男になったと見直したのかもしれない。

 やがて私たちは盆や正月になると、子供たちを連れて実家に行くようになった。

 両親も孫とは血が繋がっていないと分かっているものの、自分たちを『お祖父ちゃん、お祖母ちゃん』と呼ぶ冬夜と春佳に愛おしさを感じているようだ。

 母は涼子が不安定になった時の話し相手になり、食事やお茶に誘った。

 それでも涼子の中にある不安、恐怖は消えないようだった。

 いつ壊れるか分からない、薄氷の上の家族。それが、瀧沢家だ。







 二年後――。

『お願いだからやめて……っ』

 暗闇のなか、涼子は嗚咽しながら私に哀願する。

 親子四人、川の字で寝ているなか、私は髪を切ったばかりの冬夜の頬に口づけ、平らな胸を撫でていた。

 涼子はこの行為を知った当初は、『養ってもらっているのだから目を瞑る』という態度を貫いていた。

 が、次第に親としての自覚が芽生えてきたのか、倫理的に許されないと思って私を制止するようになってきた。

『可愛いな、冬夜。お前はお母さんそっくりだ』

 昼間の私は普通に会社で働くサラリーマンだ。

 けれど帰宅して冬夜を風呂に入れる辺りから、少しずつ〝私〟を象っていたものがドロリと溶けていく。

『普通でいなければ』『きちんとしなければ』『親の自覚』『子供は愛し守るべきもの』……、そのような考えがスッと抜けてしまう。

 そして目の前にいる七歳の子供が〝何〟であるのか失念し、彼が冬夜なのか優那なのか、男なのか女なのかも分からなくなる。

 ふとした時にドアを見ると、グレーのスウェットを着た優那がドアノブに首を吊り、力なく座り込んでいる幻を見る。

 ――違う。

 ――あれは、違う。

 私は自分に強く言い聞かせ、生きている優那を撫で、口づけて、その存在を確認する。

『済まなかった。私がもっと早く駆けつけていたら、君はあんな男に騙される事はなかったんだ。だから今度こそ私が幸せになれるよう、大切に育ててあげよう』

 現実と過去、妄想とがグチャグチャに混ざり、薄汚い濁ったマーブル状になって私の頭を支配する。

 昼間はかろうじて〝サラリーマンの瀧沢庸一〟を留めていた〝形〟が、ドロッと溶けて中身の汚泥をぶちまけるのだ。

 いつからおかしくなったのか、自分でも分からない。

 優那の遺体を見た時からか、彼女に決して愛されないと無意識に自覚した時か、彼女が他の男とキスをしているのを見た時か、はたまた出会う前、自分には大切にできるものが何もなく、他人より劣っていると自覚した時からか……。

 ――分からないのだ。

 なぜこうなってしまったのか、どうしてまともに生きられなかったのか。

 非行少年ではなかったし、校則を破った事もないし、犯罪行為をする男でもないと思っている。成績は悪くはなかったが良くもなかった。

 凡庸でとりたてて特技も趣味もないが、必死に〝普通〟に生きていたはずだった。

 ――運命の女(ファム・ファタール)に遭うまでは。


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