有罪愛
 ドライブの途中でコンビニに寄った時、冬夜は海岸沿いのホテルを予約していたようだった。

 死にたいと思っていたのは本当だが、最期に思いきり豪遊してもバチは当たらないだろうと思っての事らしい。

 宿はシンプルながら高級そうな所だった。

 二十二時前にチェックインしたあと、二人は部屋に案内され、何かに急かされるようにシャワーで身を清めた。

 そして照明を落とした寝室内、春佳と冬夜は一糸まとわぬ姿で大きなベッドの上で向かい合わせに座っていた。

「……よろしくお願いします」

 緊張した春佳は細く震える声で言い、三つ指を揃えて頭を下げる。

 冬夜はまるで嫁入りするような仕草を見て柔らかく笑い、春佳の柔らかな体を抱き締め、押し倒した。







 生まれて初めての行為は、痛くて衝撃的だった。

 けれど好きな人と肌を触れ合わせる事が、こんなに素晴らしい事だと知らなかった春佳は、歓喜の涙を流して兄の背中をかき抱いた。

 布団とシーツとの間でしっとりとした肌が重なり、艶めかしい吐息が交じり合う。

 春佳は痣がついている冬夜の腕を、優しく指で辿ってキスをする。

 妹の慈愛の籠もった眼差しを受けた兄は、幸せそうに笑った。

 互いに初めての悦びを得たあと、疲れ果てた二人は脚を絡めてウトウトしながらも、無言のなか同じ事を考えていた。







 初体験に耽溺し、頭が興奮していたからだろうか。

 早朝に目を覚ました春佳は、サリ……と枕に髪を擦らせて横を向いた。

 隣には冬夜がいて、長い睫毛を伏せて静かに寝入っている。

 時刻は五時半すぎで、窓の外には黎明の空が広がっていた。

 暗い海と空の遙か彼方にオレンジ色の光が宿り、真っ黒だった海も僅かに明るくなり、波の動きが分かるようになっている。

(……朝焼け、見たいな)

 寝ぼけながらそう思った春佳は気怠い体を起こし、兄を起こさないようにベッドから下りて、海を一望できる露天風呂に向かった。

 かけ湯をして体を軽く洗ったあと、つま先でお湯の温度を測ってから温かな風呂に身を沈ませる。

「あぁ……、気持ちいい……」

 毎日ちゃんと風呂に入っていたはずなのに、心身共に疲れ切っているからか、湯の温かさがじんわりと体に染みわたる。

 腕を真上に上げて伸びをしたあと、春佳はうっとりと息を吐いて海の彼方を見た。

(……しちゃった)

 初体験で痛かったが、とても素晴らしい経験だった。

 気持ち良かったかと言われたら即答できないが、好きな人と一つになれた悦びは、何ものにも代えがたい。

 あれほど絶望し、死んでもいいと思っていたのに、想い人と愛し合った翌朝は、生まれ変わったような心地になっている。

(……私……)

 その時ガラッとドアが開いたと思うと、冬夜が「寒ぃ」と言いながら大股に歩み寄ってきて、浴槽に入ってきた。

「えっ……!? えっ!?」

 慌てた春佳は、一瞬兄の裸身を見てしまったあと、サッと海のほうを向く。

「寝てたんじゃなかったの?」

「目が覚めた。……そんなに深く寝てなかったから」

 起こしてしまったと思った春佳は、「ごめんなさい」と謝って顎まで湯に浸かる。

 二人とも無言で海を眺めていたが、先に口を開いたのは冬夜だった。

「ありがとうな」

「え?」

 感謝される事をしただろうかと思って兄を見ると、彼は穏やかな顔で微笑む。

「春佳の大切な初体験、俺なんかにくれてありがとう」

 理由を聞かされ、彼女はゆるりと首を横に振った。

「『俺なんか』って言わないで。お兄ちゃん以外の人に抱かせる体は持ってない。お兄ちゃんだから抱いてほしかったの」

 冬夜は反省したように頷いたあと、ポツリポツリと語り始めた。

「……俺はずっと性的な事を避けてきた。性暴力を受けたからこそ、自分が誰かを抱くなんて思いつかなかった。誰かを抱くって事は犯罪的で、相手を傷つける事だと思っていた」

 春佳は湯の中で兄の手をそっと握る。

「だから昨晩は本当に初めてだった。上手くできたか分からないけど、……それでも、できて良かった。……生まれて初めて好きな女性を抱けて、自分の中にある〝男〟をポジティブな意味で認められた気がしたんだ」

 冬夜は声を微かに震わせ、目を瞬かせる。

「今までモテる男と言われていたけど、そう言われて嬉しかった事なんて一度もなかった。女性からもてはやされ、男から妬まれたけど、この容姿も学歴も仕事も金も何もかも、ポジティブに捉えた事なんてなかった。俺のスペックはすべて、自分の人生に打ち勝つために培ったものだ。それを求める女に嫌気が差したし、男に嫉妬されるたび『それならこの人生を代わってやるよ』って言いたくなった」

 冬夜は春佳の手を握り返す。

「……でも春佳となら、そのままの自分を受け入れられる」

 冬夜は小さな水音を立てて春佳に向き直り、彼女を見つめた。

「俺に抱かれて嬉しかった?」

 尋ねられ、春佳は「うん」と頷いた。

 彼女の返事を聞き、冬夜は泣きそうな表情で笑う。

「俺も嬉しかった。これでもう後悔はない……、と思いたかったけど、こんな素晴らしい事を二度と味わえないのかと思ったら、勿体なくなった」

 言ってから、彼は照れくさそうに笑った。


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