有罪愛
「おにい……」

 いつの間にか冬夜が来ていたと知ったが、彼が春佳に付きまとっていた男を殴り倒した事にも気づいて仰天した。

「ちょ……っ」

(確かにしつこかったけど、何も殴らなくても……)

 ギョッとして、酔ってぼんやりしていた思考がクリアになる。

 兄は男を足蹴にし、足元からは「やめ……っ、ごめんなさ……っ」と弱々しい声が聞こえた。

「お兄ちゃん! やめて!」

 春佳は兄の腕を強く引き、声を張り上げる。

 その時に見た冬夜の顔は、今まで見たことがないほど険しく、憎しみに彩られていた。

 息を荒げた兄は春佳に気づくと、「行くぞ」と低く言い、近くに停まっていたタクシーに押し込んだ。

 冬夜は運転手にマンションの住所を告げると、荒っぽい息を吐いた。

 車内に気まずい沈黙が落ち、春佳は何と言おうか迷う。

「……酒を飲むなんて聞いてなかったけど」

 苛立った兄の声を聞き、春佳は悄然として視線を落とす。

「ごめんなさい。お酒だと分からなくて」

「立派なアルハラだし、酒にアレルギーがあったら、もっと大変な事になった。一気飲みさせられたら、どうなるか分からない」

 理路整然と言われ、何も言い返せなくなる。

「……ごめんなさい」

 冬夜は大きな溜め息をついてから、少し冷静さを取り戻して言った。

「春佳は来年には成人して、法的に酒が飲めるようになる。飲み会は楽しいし、そのうち酒を美味いと感じるようになるだろう。でも酒とは上手な付き合い方をしていかないと駄目だ。限界を超えるまで飲んだら倒れるし、吐くし、記憶を失う。すべての男が、無防備になった女性を前にして、優しく介抱してくれるとは限らないんだ」

 先ほど兄が怒り狂っていた理由を知り、春佳はどんどん反省していく。

「……はい」

 素直に返事をしたからか、冬夜は小さな息を吐き、脚を組む。

「酒は人の本性を出す。大体の人は限界になる前に自制できるし、楽しく飲んで終われる。でも中には酒の力を借りてでしか女性を誘えない奴もいる。意識がなくなった時に犯され、貴重品を盗まれる恐れもある。自分の限界を知らずに飲む事は危険なんだ」

「……気をつけます」

 説教が大体済んで、冬夜も落ち着いたようだった。

「来年、成人式を迎えたら一緒に飲みに行こう。俺がついてるから、どれだけ飲んでも大丈夫だ。その時に自分がどれだけ飲めるか把握しておこう。周りに迷惑を掛ける飲み方は、大人の酒の楽しみ方じゃない。自分の身を守るために、自分の体の事をきちんと知っておくべきだ」

「分かった。ありがとう。それまでは飲み会に参加しないでおくね」

「ん」

 最後に冬夜は妹の頭をポンポンと軽く叩いた。






 冬夜のマンションについたあと、シャワーを借りて歯磨きをし、客室のベッドに潜り込む。

 頭が興奮していてすぐに寝付く事はできなかったが、汗を流して歯を磨いたからか、気分は良くなっていた。

 目を閉じてウトウトしていた時、人の気配を感じて薄く目を開ける。

 客室のドアは開きっぱなしで、廊下に兄が立っているのが見える。

 寝ている春佳を気遣ってか、冬夜は廊下の電気をつけずにいた。

(心配してくれてるのかな……)

 そう思うものの、眠たくて声を掛けられない。

 薄く開いた視界の中、冬夜はゆっくりと廊下でしゃがむ。

 しばらくしてから、小さな嗚咽が聞こえてきた。

(どうして泣いてるの……)

 疑問が浮かび上がるが、父を喪ったばかりである事や、母の状況など、自分たちを取り巻く状況が春佳の頭から抜けている。

 春佳はしばし眠りの淵を彷徨ったあと、ぷつんと糸が切れたように意識を闇に落とした。




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