有罪愛

幸せになるために

 生きる決意した二人は、まず北條家に宛てて手紙を書いた。

 とても長い手紙になったし、いきなり孫だと名乗り出て信じてもらえるか分からない。

 だが彼らには知る権利があると思ったから、余す事なく書いた。

 勿論、二人が虐待を受けた事については、教える必要がないので記していない。

 ただ庸一と優那の関係や、どんな経緯があって優那が一人で出産し、死を選んだかは可能な限り詳細に書いた。

 加えて、自分も庸一の遺書と涼子の言葉から真実を知っただけだから、疑うならDNA検査を受ける意思もあると書き添えた。

 手紙には佃のマンションの住所と、樹の電話番号、メールアドレスを書いた。

 すると間もなく、優那の父の琢磨(たくま)から手紙があった。

【初めまして、北條琢磨と申します。手紙をくださりありがとうございます。我が家では優那の話題はタブーと言って良く、いきなり樹さんから手紙が届いて家族一同大いに驚きました。私たちは娘が妊娠していた事を知っており、遺体が発見されたあと、出産したはずの子供がどこにもいない事に驚いて捜査願いを出しました。ですが子供を連れ去った人物は見つからず、孫となる子も見つからないまま……。お会いしたい気持ちはあるのですが、悲しい形で喪った娘に関わる事なので、失礼ながら樹さんのご厚意に甘え、先にDNA鑑定をさせてもらえたらと思います。有事のために娘の髪は遺してあります。キットを同封しますので、樹さんの口腔内細胞をとって、所定の機関に送ってもらえたらと思います。結果は二、三週間には出ると思いますので、その頃にまたご連絡いたします。】

 樹も本当に自分が優那の息子なのか確認したいと思い、綿棒で口の中をぬぐい、キットを機関に送った。

 その結果、優那と冬夜の親子関係が認められた。

 後日、琢磨から十二月中旬に会いたいと連絡があり、初めて顔を合わせる流れとなった。



**



 その前に、やらなければならない事がある。

 樹はブラックスーツに身を包み、春佳も彼に買ってもらったベージュのニットワンピースを着て、十二月二週目の週末に、日本橋にある料亭に向かった。

 格式ある店に入り、春佳はすっかり雰囲気に呑まれている。

 お嬢様っぽいワンピースなので浮かない格好だと思うが、場慣れしていないのでオドオドしっぱなしだ。

 樹も慣れているとは言えないが、春佳を守るのも〝彼〟とやり合うのも自分しかいないと思っているから、覚悟を決めていた。

 二人は女将に先導され、中庭に面した廊下を進む。

 どこからか鹿威しの音が聞こえ、緊張した春佳はギュッと拳を握った。

「こちらでございます」

 女将は正座をして「お連れ様がお見えです」と言い、静かに障子を開ける。

 個室の中に座っているのは、整った顔立ちの中年男性――、三神丈司だ。

 彼は強張った顔で樹を見て、「優那……」と言葉にせず呟く。

 それをしっかり確認した樹は、畳の上に膝をついて綺麗な礼をしてみせた。

「初めまして。お父さん」

 心では一ミリも父親と思っていないくせに、樹は嫌みなまで丁寧に挨拶をした。

 それが相手に一番効くと分かっているからだ。

「……は、入りなさい」

 三神は誰かに聞かれたら困るという顔で言い、二人は向かいのテーブルについた。

 三神の隣には、秘書らしき四十代の男性も控えている。

 生きると決めたあと、樹は北條家にコンタクトをとるなら、三神にも事情の説明を聞かなければフェアではないと思った。

 息子として認知されたいだの、遺産の相続権をよこせだの、そんな事はどうでもいい。

 ただ、哀れな母が捨てられた事への釈明、その結果、自分たちがどのような人生を歩んだか、しっかり知らせる必要があると感じた。

 なので樹は〝北條樹〟という名前で三神に宛てて手紙を書いたのだ。

【返事をしなければ家族に俺の存在、そして過去にお前が何をしたのかをバラすし、マスコミにもリークする】

 そう書いたら、三神は面白いほど素直に連絡してきた。

 そして今、樹は実父に対峙していた。

 彼は二十六歳になった樹を、様々な感情が入り混じった顔で見る。

 樹はテーブルに、優那と親子関係が認められると書かれた書類を滑らせた。

「これは北條優那が母である証拠です。……俺が息子である事を疑うなら、喜んでDNA鑑定を受けます」

 樹がそう言うと、秘書はDNA検査キットをテーブルの上に置いた。

「樹さんからご連絡があったあと、取り寄せておきました。今ここで口の中をぬぐっていただけますか?」

 それを見越していた樹は、自分も同じキットをテーブルの上に置く。

「あなたにも同じ事をしていただきたい。そちらが言い出した検査で親子関係が認められても、握りつぶされる事を危惧しています。ならこちらで用意したキットで検査をしてもらい、双方で〝結果〟を出すのがフェアではありませんか?」

 目論見を読まれた三神は悔しげな表情をし、「いいだろう」と承諾した。

 二人はその場で口の中を拭い、それぞれのキットに収める。

「二十六年前」

 樹が口を開き、三神はハッと表情を強張らせる。


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