有罪愛
「あなたがどんなつもりで母と付き合ったのかは分かりません。母は美しい女性だったようですし、連れ歩くのに丁度良かったのでしょう。……しかし避妊せずに女性を抱き、責任をとらないのは男として下の下です。あなたが御曹司であろうが、どれだけ顔が良くて女性にモテても関係ない。あなたのした事は、獣にも劣る」

 メガバンクの社長だというのに、三神は二十六才の樹に気圧されている。

「せ、……責任なら……」

 言いかけた三神を、樹は笑い飛ばす。

「マンションを買い与え、養育費を送ったのが責任? 子供を認知せず、産んだなら勝手に一人で育てろというのが父親の責任なんですね。経済誌では『女性も責任あるポジションにつくべき。産休も育休もとらせた上で、実力主義の会社を作る』と仰っていましたが、実際はどうです? 女性を妊娠させても金さえ送ればいいと思っているあなたの考えは、盛大に炎上するでしょうね。……あなたが母を見捨てなければ、能力のある母は然るべき所で結果を出し、幸せになれたはずだった。……あなたは人一人を破滅させた上、その子供の運命も狂わせたんですよ。……ねぇ? 〝愛妻家で子供思いのイケメン社長〟さん」

「ま……っ、待て……っ!」

 炎上と聞き、三神は血相を変える。

 嘲笑した樹はスッと真顔になり、吐き捨てるように言う。

「母はあなたが用意した〝檻〟で首を吊って死にました。家主なんですから、その顛末ぐらい知っているでしょう? どう思ったんです? 当時、ベビーベッドが空だったと聞いたのに、あなたは捜索願いを出さなかった。『これで問題が片付いてせいせいした』と思ったんじゃないですか?」

「ち……っ、違う……っ、私は……っ」

「ならどうして、俺が連絡するまで探す素振りすら見せなかったんだよ。俺がずっと瀧沢冬夜として育てられた事が、何よりの証拠だろうが!」

 迸るような樹の怒りを浴びせられ、三神は呼吸を荒げて視線を泳がせている。

 樹は三神への敬語も忘れ、好き放題に感情を昂ぶらせる。

「……あぁ、それともアレか? 俺を見れば北條優那を思い出すから会いたくなかったのか? 中條(なかじょう)製薬のお嬢様に、婚外子がいるって話もしてないだろうしな? お前には二十三歳と二十二歳の息子、二十歳の娘がいるんだっけ。娘は大学のミスコンで優勝した美人だって? 〝大好きなパパ〟に婚外子がいて、相手の女を見捨てて自殺に追いやったって聞いたらどう思うだろうな?」

「わ……っ、私を脅すつもりか……っ」

 三神は顔色を失いながらも、樹を睨む。

「脅すも何も、すべてお前が撒いた種だろうが。色欲に負けて女の運命を狂わせただけに留まらず、その子供がどんな地獄を味わおうが構わず、天上人の自分たちは悠々自適に暮らしていた? ふざけるんじゃねぇよ!」

 樹が怒りを叩きつけたあと、シン……と座敷に沈黙が落ちる。

「俺は北條優那の元から連れ去られ、ある男の元で育てられた。そいつは心の底から北條優那を愛し、盲信していた。そいつが命をかけて愛した北條優那は、顔がいいだけのクズに弄ばれ、首を吊って死んだ。その男は、その絶望と伝わらなかった想いを、北條優那そっくりのツラを持つガキにぶつけたんだよ。……俺は育ての父親から、性的虐待を受けた。……それもこれも、お前がきちんと責任をとっていれば、起こらなかった悲劇だ」

 三神は怖れの混じった目で樹を見てから、さり気なくその目を逸らす。――が。

「目を逸らすな! お前の前にいる俺こそ、お前のしでかした罪の結晶なんだ! 髪を伸ばして女物の服を着せられて育てられ、父親と思っている男に掘られた俺が! お前の息子なんだよ!」

 春佳は樹が膝の上で激しく拳を震わせているのに気づき、そっとその手を握る。

「……わ、悪かった。謝る。……おい」

 三神が言うと、秘書が小切手を出し、彼はそれにサラサラと金額を書く。

「一億で手を打たないか?」

「はっ」

 その金額を聞いた瞬間、樹は鼻で嗤っていた。

「カネで解決できると思っているのは、さすがメガバンクの社長サマだな? それで? 俺の二十六年間の苦悩が、一億ごときで解消できると思っているのも流石だ」

 そう言われ、三神は言葉に窮している。

「強請ってる訳じゃない。ただ、DNA鑑定を受ければ俺たちは事実上の親子だと証明できる。勿論、三神家の財産分与にも関わる事になる。……でもそんなゴタゴタには巻き込まれたくないし、お前の家族の恨みも買いたくない。……けどきちんと片づけたいと思うなら誠意を見せろよ。俺と母親の人生を台無しにした事を詫びて、二人分の人生がかかったと思わせる金額を提示しろ。そうしたら、今後いっさいお前に関わらないと誓約書でも何でも書いてやる」

 金目当てではないとはいえ、この状況を割り切るにはそうするしかない。

 心の籠もっていない謝罪をしたあと、三神がそのあとも恵まれた環境で幸せに暮すと思うと、腸が煮えくりかえる。

 ならば相応の金額をもらって、手打ちにしたほうがずっとマシだ。

 三神としても、今後いつ家族やマスコミにバラされるか分からない恐怖を抱え続けるより、そこそこ「痛い損失」と思う金を出し、〝約束〟できたほうがいいだろう。


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