有罪愛
「示談金という体で五億出せ。この一億と足して六億だ。年収で億単位もらっているメガバンクの社長なら、無理じゃないだろう」

 その形にしたのは、示談金にすれば税金は掛からないからだ。

「わ、分かった」

 三神は冷や汗を浮かべて頷く。

 樹は軽蔑しきった目で父親を見る。

「……どうして北條優那を抱いた? なぜ子供ができたと分かっても放置した?」

 その問いを聞き、三神は少し躊躇ったあと、溜め息をついて答える。

「……当時、私はとても傲慢な青年だった。三神家の長男として生まれ、見た目にも恵まれ、少し努力すれば勉強もスポーツもトップクラスになれた。苦労せずに美人と付き合い、当時周りにいた女性たちも『二人きりの時に自分を優先してくれるなら』とハーレム状態を許してくれた。……優那もその一人だったんだ」

「とんでもねぇクズだな」

 樹は言い捨て、春佳も彼の意見に同意見を抱く。

「……妊娠は誤算だった。私はちゃんと避妊したつもりでいた」

 俯いた三神の言葉を聞き、樹は目を眇める。

 一瞬、とある考えが脳裏をよぎった。

 養父が遺した手紙を読んでいて、優那は三神に弄ばれた哀れな女であるが、彼女自身も庸一を弄んだ、計算高い女だと感じた。

 樹を庸一に託した時だって、彼ならなんでも言う事を聞いてくれると思ったから、無責任な真似ができたのだ。

 だから学生時代、涼子は庸一に忠告したし、優那を嫌っていた。

 恐らく優那は『自分の子を施設に預けるのは嫌だ』と思い、ある程度金を持っている庸一を頼ったのではないかと思っている。

 それぐらい計算高い女が、うっかり妊娠すると思えない。

(……ゴムに穴でも開けてたんじゃないか?)

 樹は心の中で呟き、北條優那ならやりかねないと感じる。

 優那は三神と結婚したいがために自作自演をし、望み通り妊娠した。

 しかし彼の愛を得られずに絶望したのだ。

 だがここでそれを言えば、すべて台無しになるので黙っておいた。

「誤算でも、相手が妊娠したと知ったなら最後まで責任をとれよ」

 樹が言うと、三神は俯いて黙り込む。

「……君には、詫びきれない」

 かろうじてそれだけ言った父親を見て、樹はおざなりに溜め息をついた。

「今さらあんたに親としての情なんて求めねぇよ。……さっき言った通り、DNA検査をしてお互い納得したなら、手切れ金を渡してお互い〝なかった事〟にしよう。そしてそれぞれの人生を歩むんだ」

 息子にそう言われた三神は、深い溜め息をついて頷いた。

「……君は優那に生き写しだな」

 こちらを見た三神の目には、怯えの色が宿っている。

 最初はいきなり現れた樹に「言いがかりをつけるな」と言おうとしたかもしれない。

 だが自分しか知らない〝北條優那との間にできた子供〟について言及した上、優那そっくりの顔をしているなら、信じざるを得なかったのだろう。

 加えて樹はDNA検査に応じると言い、その自信溢れる態度から九十パーセント以上、本物だと感じたに違いない。

 今は北條優那そっくりの顔が、状況に味方してくれた。

 だが樹はこの顔でいらない苦労をした。

「……ちっとも嬉しくねぇよ」

 三神はこれ以上話す事はないと悟り、溜め息をついたあと立ちあがった。

「今日はもう帰らせてもらう。会計は済ませておくから、二人で食事を楽しんでくれ。DNA鑑定が済んだあと、もし君が息子だと判明したなら、〝示談金〟について、改めて秘書に連絡させる」

 そう言った三神は、静かに個室を出ていく。

 去り際に、秘書は「検査の結果が出ましたら、追ってご連絡いたします」と無機質な声で言い、慇懃に礼をして去っていった。

 ドッと疲れを覚えた春佳は、大きな溜め息をつく。

「……あんな大金、要求していいの? 捕まらない?」

「応じたからいいだろ。あいつだって炎上して家族を失うよりマシだって思うだろ」

 そう言ったあと、樹は向かいの席に移動してスタッフを呼ぶ。

「とりあえず、今はタダ飯でも食おう」

 樹に言われ、春佳は微笑んで「うん」と頷く。





 釈然としないが、こうやって一つずつケリをつけていくしかない。

 三神家については樹に決定権があり、彼が決めた事に従うしかない。

 これから会う北條家の人たちだって、樹がいなければ関わる事のない存在だ。

(私はどこまでいってもお兄ちゃんのおまけだけど、必要とされる限りついていこう)

 そう思った春佳は、美しく盛られた先付を見て目を丸くし、滅多に食べられないご馳走を楽しむ事にした。



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