クールな機長は契約恋人の副操縦士を離さない
「し、失礼します」

 私は顔を隠すように下を向いたまま、全力で廊下を走った。

「おい、君!」

 背後で声がしたが、立ち止まらず一目散にエレベーターに滑り込み、閉じるボタンを連打する。銀色の扉が閉まった瞬間、壁に手をつき、前のめりで呼吸を吐き出す。
 まさか配達先の隣の部屋から高月キャプテンが出てくるとは。なぜよりによって彼がここに。会社に報告されたら、空を飛べなくなる。そうなったら実家の生活費や菜々美の学費が払えない。お母さんの医療費だって……。いいことが起こる所か、最悪なことが起きた。

「もうっ」
 ゴンッと壁を叩き、顔を上げると目の前の鏡が視界に入った。そこにはヘルメットにサングラス、体のラインを隠すパーカーを着た配達員の男がいた。
 そうだ。私は今、パイロットの制服姿ではなく、クイック・イーツの配達員。この姿を見て気づく訳ない。きっと大丈夫。そう思うが、サングラス越しにぶつかった高月キャプテンの鋭い視線を思い出し、不安になる。じっと見ていたのは、南雲瑞希だと疑っていたからだろうか? 声を掛けたのだって……。いや、そんなことはない。ただドアの外に配達員の男がいたから見ていただけだ。

 頭を左右に振り不安な考えを打ち消すと、チンと音を立てて、エレベーターが一階に到着する。一瞬、高月キャプテンが待ち構えている気がしたが、エレベーターの外には誰もいなかった。
 やっぱり私の考え過ぎだ。きっと気づかれていない。
 小さく息をつき、エレベーターから降りた。
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