クールな機長は契約恋人の副操縦士を離さない
「戻りました。交代します」
 コックピットに戻ると、佐藤キャプテンが振り返り、穏やかに頷いた。
「南雲さん、眠れた? 今のところ順調だよ。燃料、気象ともに異常なし。そろそろ日付変更線の辺りだよ」
 佐藤キャプテンと入れ代わりで右席に座り、ヘッドセットを装着する。それからND(ナビゲーションディスプレイ)に視線を向けると、佐藤キャプテンの言う通り、機体は日付変更線手前の北太平洋の真ん中を飛んでいた。
「状況把握しました。操縦を引き継ぎます」
「よろしく」と言って、佐藤キャプテンはコックピットを後にした。

 パタンと防弾ドアが閉まる音が響くと、途端にコックピット内の密度が濃くなった気がする。
 隣では、窓の外に広がる漆黒の闇を見据える高月キャプテンの姿があった。高度は三万七千フィートを巡航中。客室では多くの乗客が安らかな眠りについているはずだが、コックピットは肌を刺すような静かな緊張感に包まれていた。

「南雲」
 感情の読めない低い声で呼ばれ、背筋を跳ねるように伸ばして「はい!」と返事をした。
「計器スキャンを怠るなよ」
「はい」
 計器を注視する。レーダーに危険な雲の気配や、近くに他の機体もなく、このままの巡航で問題はなさそうだ。
「水沢とは親しいのか?」
 数分後、不意に投げかけられた質問に、思わず「え?」と聞き返した。
「その、昨日、駐車場で南雲と水沢が一緒の所を見かけたから」
 水沢さんといた所を見られていたのか。
「昨日は帰りが一緒になったので、水沢さんに送ってもらったんです」
「……そうか」
 なぜか高月キャプテンの声が沈んだ。
 私は何かキャプテンの機嫌を損ねることを言ったのだろうか?
「ところで、南雲は川崎に住んでいるのか?」
 ――ドキッ。
 心臓が大きな音を立てた。
 川崎という単語からクイック・イーツが過る。誤魔化さなければ。
「六郷土手に住んでます」
 そう答えた時、ヘッドセットに管制官の声が響く。
 正面、1000フィート下を逆方向に飛行する他機の情報だ。NDを確認すると、正面から向かってくる機影があった。高度差はあるが、すれ違うまで計器のスキャンに集中しなければならない。

 会話は強制的に終わり、胸の内側でホッとしながら、計器の監視に集中した。その後も不意に現れた積乱雲を避けるために進路変更を繰り返し、気づけば佐藤キャプテンが戻ってくる時間を迎えた。
 
 結局、高月キャプテは、川崎のマンションで遭遇したことも、クイック・イーツのことも口にしなかったが、安心するのはまだ早い気がした。
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