クールな機長は契約恋人の副操縦士を離さない
 十九時を過ぎた羽田空港は、緑と青のライトに照らされた誘導路や、白い灯火が一直線に並ぶ滑走路を、赤と緑のナビゲーションライトを点滅させて離着陸をする機体が絶え間なく行き交っていた。

 地上から見る分にはロマンティックな夜景だが、コックピットのパイロットにとっては、それほど情緒的なものではない。
 夜のフライトは常に暗闇との戦いだ。海岸線を越え、太平洋上空に出れば、空と海の境界線である水平線は消える。窓の外が完全な漆黒に包まれる中、計器を頼りに飛ばなければならない。上下感覚を失うバーティゴ(空間識失調)が起こりやすくなるから要注意だ。
 B787に移行してから初めてのロングフライトで、自然と肩に力が入る。

「南雲、FMC(飛行管理コンピュータ)の入力データ、再確認しろ」
 左席に座る高月キャプテンから指示がくる。
 すぐ後ろのジャンプシート(補助席)には、離陸の監視役として佐藤キャプテンが座っていた。
「ルート、高度、全て入力値通りです」
「よし。チェックリスト開始」

 離陸前チェックリストの読み上げが終わると、プッシュバックが始まる。機体がゆっくり誘導路に押し出されると、窓の外では整備士たちが降るオレンジ色の誘導灯の光が弧を描いていた。いってらっしゃいの合図に、心の中でいってきますと返し、無線で管制官と交信する。
 滑走路に入ると、前方には漆黒の東京湾が広がり、その先には対岸の千葉の街明かりが線を描くように見えた。
 管制官の離陸許可がヘッドセット越しに聞える。私が復唱を終えると同時に、高月キャプテンがスラストレバーを押し込んだ。二基のエンジンが重低音を響かせ、機体が猛烈な勢いで加速を始める。暗闇に浮かぶ滑走路脇のライトが光の束となって後ろへ流れていく。

「V1」
「ローテート」

 高月キャプテンが操縦桿を引き寄せると、機首が上がり、機体が夜空へと飛び上がった。
 眼下には光の海が広がり、その明かりはあっという間に遠ざかる。機体は漆黒の闇に包まれた太平洋上空へと突き進む。
 
「南雲、休憩に入れ」
 巡航高度まで達すると、高月キャプテンから指示が出た。
 私は佐藤キャプテンと交代し、コックピットを出て、近くのクルーレストと呼ばれる小部屋に行った。そこには二人分のベッドがあり、横になるが、中々寝付けない。三時間弱の休憩が終われば、高月キャプテンと二人きりの時間がやってくると思うと、心配ばかりが浮かび、結局、一睡も出来ないまま休憩時間が終わった。
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