極道シングルファザーの甘く危険な独占愛
 それから暫くの間、羽衣子の周囲は驚くほど静かだった。

 あの日の出来事がまるで嘘だったかのように、日常は何事もなく流れていく。

 園でも特に問題は起こらず、羽衣子はいつも通り園児たちに囲まれて過ごしていた。

「先生、これ見てー!」

 小さな手に握られた画用紙を差し出され、羽衣子は柔らかく目を細める。

「わぁ、上手に描けたね。これは何を描いたのかなぁ?」
「あのね、わんちゃんとねこちゃんー!」
「そっか、可愛いね」

 笑顔で応じながらも胸の奥にはほんのわずかな引っかかりが残っていた。

 けれど、それを意識する時間は日を追うごとに減っていく。

 あれ以来、園でも自宅周辺でも不審者の姿は一度も見かけていない。

 園でも当初こそ話題に上がっていたが、次第に誰も口にしなくなり、保育士たちの警戒心も少しずつ薄れていった。

「最近は何もないね」
「このまま落ち着いてくれればいいけど」

 そんな会話が耳に入るたび、羽衣子自身もまた、どこかで安堵していた。

 そしてもう一つ、変化があった。

 それは想汰からの連絡だ。

 あれ以来、想汰は以前とは比べものにならないほど頻繁に連絡をするようになっていく。

《この前は本当にありがとな》
《お陰で仕事も順調だよ》
《本当に助かった》
《また近いうちに食事でも行こうな》

 短い文面ばかりだったが、その一つ一つがどこか安心させるような響きを持っていた。

「……よかった」

 小さく呟き、羽衣子はほっと息をつく。

 連絡が取れているというだけで、不思議と不安は薄れていくのだろう。

 あの契約のことも最初こそ気がかりだったが何も起きない日々が続くにつれて、その感情は次第に薄れていく。

(やっぱり、考えすぎだったのかもしれない)

 そう思う自分がいて盗聴器の件も早い段階で見つかったおかげで実害は無く、むしろ見つかったからこそ安心出来た部分もあるのだろう。

 勿論どんな理由があろうと仕掛けていいものではないけれど、想汰を前にそのことを問いただすことは出来ないし距離を置くことも出来ない羽衣子は、

(……もう、忘れた方がいいのかも)

 そう思うようになっていた。

 不安を抱え続けるより、その方がずっと楽だと思ったから。

 日常は更に穏やかさを増して時間だけが過ぎていった。

 けれど、契約からひと月半ほどが経ったある日、その穏やかな日常は何の前触れもなく破られることになった。
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