極道シングルファザーの甘く危険な独占愛
「住み込みで……?」

 思わず聞き返した羽衣子に、昴は穏やかに頷いた。

「ええ。知っての通り、うちには女手がありません。今は乙哉に手伝って貰って何とか家事をこなしていますが、やはり限界があります。乙哉の都合がつかない場合などは家政婦を雇うこともあるのですが、希海があまり懐かず、結局辞めてもらうことが殆どなのです。その点、吾妻さんのことは希海も気に入っていますし、何よりも保育士さんですから安心して希海を任せられます」

 一度言葉を区切り、羽衣子の目を真っ直ぐ見つめる。

「ですから、前向きに検討してもらいたい」
「…………」

 羽衣子はすぐに答えられなかった。

 頭の中では様々な思いが渦巻いている。

 希海のことは好きで、懐いてくれていることも嬉しいし家事だって嫌いではない。

 それに何より、800万円という借金を肩代わりしてもらえる。

 本来なら、迷う余地などないはずだった。

 それでも、一つだけ引っかかることがあった。

「あの……」
「はい?」
「その場合、私は……保育士を辞めなくてはいけないってこと、ですよね?」
「そうですね」
「それは、困ります……正直、人手も足りてないですし……何よりいきなり辞めるわけには……」
「その点については、こちらで新たな保育士を探しますので、ご心配なく」
「……え?」

 予想外の返答に羽衣子は目を見開いた。

「吾妻さんは知らないでしょうけど、園長は元々七鳳組と関わりがある人間なので、私が話せば滞りなく全てが通ります。ですからその点は何も心配いりませんよ」
「…………」

 羽衣子にとって、あまりにも現実離れした話だった。

 けれど、先程からの流れを考えれば、それが出来てしまう人間なのだと、嫌でも理解させられる。

 これで、断る理由は羽衣子の中で完全に消えた。

 そんな時、羽衣子の中に一つの思いが浮かぶ。

「あの……例の契約書のことですけど」
「はい」
「兄に、連絡してみてもいいですか?」

 騙された理由も借金のことも、本人の口から説明を聞きたかった。

「構いませんけど……恐らくもう、連絡は取れないでしょう」

 昴の言葉は最もだと羽衣子は理解しているが、それでも、ほんの僅かな望みに縋るようにスマートフォンを取り出すと兄の番号へ発信した。

 しかし、何度鳴っても繋がらない。

 祈るように何度か掛け直すが、結果は同じだった。

 すると今度は震える指でメッセージを送る。

 五分待っても、十分待っても、既読はつかない。

 それから暫く待ってみたものの、結果は変わらなかった。

 俯いたまま動かなかった羽衣子は、やがて小さく息を吐くと顔を上げ、

「……分かりました」

 その言葉と共に昴を見つめた後、

「先程の京極さんの条件を受けます。これから、よろしくお願いいたします」

 羽衣子はこれからの自分の運命を大きく変える選択を口にしたのだった。
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