極道シングルファザーの甘く危険な独占愛
戸惑い
 半月後、タクシーを降りた羽衣子は、大きなスーツケースを引きながら昴たちの住むマンションの前に立っていた。

(……今日からここで、暮らすんだ……)

 小さく息を吸い込み緊張を押し隠すようにエントランスへ足を踏み入れた、その瞬間――

「せんせー!!」

 エレベーターの扉が開き、小さな影が勢いよく飛び出してきた。

「希海くん」

 抱きつかれた衝撃で羽衣子は少しよろけるも、それでも自然と笑みが溢れていた。

「せんせ、きょうから、ずっといっしょ!?」
「うん。これからは、ずっと一緒だよ」

 優しく頭を撫でると、希海はぱっと顔を輝かせた。

「やったー!!」

 無邪気に喜ぶ姿を見ていると、不安で張り詰めていた胸が少しだけ軽くなる。

「迎えに行けず、申し訳ありませんでした」

 そこへ、その後ろから落ち着いた声が聞こえた。

 視線を向ければ昴が穏やかな笑みを浮かべながら立っている。

「荷物はそれだけですか?」
「は、はい」
「では、行きましょうか」

 自然にスーツケースへ手を伸ばす姿に羽衣子は慌てて頭を下げた。

「あの……よろしくお願いします」
「こちらこそ。今日からよろしくお願いしますね」

 柔らかく返された言葉に、羽衣子はどこか安心したように小さく頷いた。

 昴の提示した条件を受け入れてから、物事は驚くほど早く進んでいった。

 保育園には“一身上の都合”として退職を申し出たが、当然のように周囲は騒然となった。

「えっ、急すぎない!?」
「羽衣子先生が辞めるなんて困るよ……!」

 同僚たちの引き止める声に、羽衣子は曖昧に笑うことしかできなかった。

 やがて新しい保育士が配属され、羽衣子は業務の引き継ぎを行う。

「よろしくお願いしますね」
「はい、頑張ります」

 そのやり取りを交わしながら、自分の居場所が少しずつ消えていく感覚を羽衣子は静かに受け止めていた。

 そして最後の日、園児や保育士たちとの別れを済ませて園を出ようとした時、園長が背中越しに声をかける。

「大変な道かもしれんが……頑張りなさい」
「……はい」

 短い言葉だったけれど胸の奥が熱くなった羽衣子は深く頭を下げた後で、そのまま保育園を後にした。

 また、羽衣子がこの家へ来ることで希海の環境も大きく変わることになった。

 これまで通っていた保育園を辞め、七鳳組の管理下にある幼稚園へ転園することになったのだ。

「やだ……あたらしいとこ、せんせいない……」

 不安そうに眉を下げる希海に羽衣子は目線を合わせて微笑む。

「でも、その代わりお家ではずっと一緒だよ?」
「ほんと?」
「うん。幼稚園に行ってる間以外はいつも一緒だよ」

 その瞬間、ぱっと表情が明るくなった。

「じゃあ、あたらしいとこ、いく!」

 単純なくらい素直な反応に、羽衣子も思わず笑みを零した。
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