5倍に薄める幸せ
DILUTION 1 冷たいあなたが、本当は好きだった……
「ふふふ〜ん」
当時高校1年生の私は、本ばかり読む物静かな子だった。両親に買ってもらったり図書館で何冊も借りたりしたっけな?今じゃ忙しくてそんな時間ないけど、刺激があるわけでもない毎日が私にとって幸せだった。
ガシッ……!
「またコイツくだらねぇ本読んでんなぁ!」
「ちょっと何よ!?」
コイツらは私の本を急に奪ったりするクラスメイトの大池と川本。
「またくだらねぇ本読んでやぁんの!」
「ちょっと返して!」
「取ってみろよ!」
ドッドッドッ!
「ちょっと〜……!」
高校生にもなって人のもの奪うって小学生かよ?前も言ったけど私の体育の成績は万年低い。サッカー部と陸上部の2人に追いつけるはずもなく――
「はぁ……もう返してよ!」
「ここまで来たら返してやんよ!」
その本は一番気に入っているのに……もう走れなくなった私はまた買えばいいと諦めかけたんだけど……
「おい……」
「あぁ〜?ってうわぁ……!」
「ヤベッ!?鏡先輩だ!」
「鏡先輩?」
いや誰だ!?でも名前だけは聞いたことあるような……後にわかったことなんだけど、彼は喧嘩最強と恐れられていたみたい。でも高校生なのに185センチ、いやもう少しあるか?
「かかかか……返します!返します!」
「すみませぇ〜ん……!」
「あぁ……」
まるでバラエティ番組のヒューの擬音が鳴ったかのように去ってしまった。そんなに怖い先輩なの?だとしたら関わりたくないんだけど――
「ほら……?」
「えぇ?ありがとうございます……」
意外にも彼は両手で返してくれた。威圧的な体格とは裏腹に丁寧な対応にギャップを感じたことは今でも覚えている。
「気にするな、まあ気をつけな」
「あ、ちょっと……」
何だろうあの先輩、体格もあって凄い圧だったけどそこまで怖そうな感じではないな。あのときの私は本当にウブだったけど、一目見ただけでめちゃくちゃ格好良いなと思っていた。私はあの先輩のことが少し気になり始めたんだけど。
あれから1か月後。今日は何の本を借りようかなと図書館を歩いていたとき――
「さて今日は……」
悪い癖なんだけど、私は何かに夢中になってしまうと前を見て歩けないことが多くて……
ドンッ……!
「キャッ!?」
ドサドサ……!
ヤッバ……静かにしなきゃいけない場所なのに持っていた本は崩れるわ、私まで後ろに反って尻もちをついた。
「いったぁ……!」
何今の衝撃?まるで車がぶつかってきたみたいだった。
「大丈夫かって君……!?」
「いてて」
謝んなきゃと慌てて立ち上がって私が見た人はまさかの――
「あれ?この前の……」
「……」
私がぶつかってしまったのはあの鏡先輩だった。静寂な図書館内に私の胸のドキドキ音が鳴り響いているみたいだった。彼はそんなことを気にせず床に落ちてしまった本を拾い始める。
「あの……この前」
「うるさい……図書館なんだから静かに」
少しくらい話聞いたっていいじゃん……確かにそうだけどさ。
「……」
私も本を拾い始めると――
サッ……
えっ……今彼の手が私の肩に触れた。偶然なのかわざとなのかわからないけれど、私はまた彼にときめいてしまった。
「鏡先輩って、何て名前なんですか?」
「名前聞くなら自分の方から教えるだろ?」
「えっ?1Dの夢野澪です」
「それでよし……俺は鏡幸人だ」
「幸人さん?」
「よろしくな」
鏡幸人。何か芸能人の芸名みたいな名前にビックリしたのを覚えている。てか私もか……でも何か嬉しくて嬉しくてしょうがなくなっちゃう!
「鏡先輩の名前知っちゃった!」
「だからうるさいって……!」
図書館ではしゃいでしまう私を止めようとする彼の声が図書館内に響き渡れば当然――
「こら静かにしろ!」
「す、すみません……」
「すみませんでした」
怒られちゃったよ……
あれから私は幸人のことが気になって仕方なくなり、ラブレターを書こうか、メッセージで告白をしようか悩んでいた。確かに彼は無愛想だけど不器用な優しさ、何より肩を触ってくれたときの温かさが忘れられなかった。でも本当に何で好きになったのかわからない。だって噂では喧嘩最強と言われている人よ?でもやっぱり考えていたらキリがないわ。好きになったら色々考えない!
「どうしたの澪?何か最近凄く楽しそうじゃん?」
「ふふふ〜ん……実は私、好きな人がいるんだ!」
「えっマジで?だれだれ!」
「先輩かな……」
「先輩?でも澪にならいいんじゃない?」
私は確かに自分から行動を起こしたり、気の強い女じゃない。この先のパートナーにするなら引っ張ってくれる人の方がいいな。よし決めた!告白は直接彼にちゃんとした言葉で伝えよう。
ドキドキ……
「どうしたんだ?急に呼び出して」
後日、私は放課後の屋上に幸人を呼び出した。今日告白すると決断したが、もし成功しても冷たそうでミステリアスな雰囲気のイメージが強い彼と付き合うことに不安はある。不安なことばかり考えていたらやっぱりダメよ。
「鏡先輩って……彼女とかいないんですか?」
「それを聞いてどうするんだ?」
「いや……」
「悪いけどこれからバイトなんだよ。話がないならもう帰るぞ?」
勇気を出して屋上に呼んだのだから逃がすわけにいかない!私は高鳴る胸を必死に抑えてありのままの言葉を全力で伝える。
「私鏡先輩のことが好きなんです!私でよかったらお付き合いしてくれませんか!?」
想いのままの言葉を告げて深々と頭を下げた!多分断られるだろうなと思っていたんだけど……
「……」
ドキドキ……!
「いいよ……」
「えっ……!?」
本当……マジで……!?一瞬の沈黙は置いたけどこんなにあっさりと了承してくれた。
「本当にいいんですか?」
「うん……だからいいよ」
何かスッキリしないような答えだけど、とりあえずよかった!私は飛び跳ねそうな勢いのまま心の中で喜んだ。
「あの……もしかしてデートしてくれるんですか?」
「いいよ」
「いいんですか!?ちなみに、いつですか……」
「それは君に任せるよ」
「任せる……」
何だろう。何かやっぱりハッキリしないわね。このときはまだ自分の意見を主張しないタイプだと思っていた。案外人に合わせるスタイルなのかな?あれから私たちは約2年間交際することになったけれど、思い返せばほぼほぼ私がデートプランを決めていたかな。
別れたときは当時私は18歳、彼は20歳。彼は大学2年生だったけど、忙しいながらも私は充実した恋愛ライフを過ごしていた。
フュゥゥゥ〜……
「はいよ」
パサッ……
「寒くなってきたからな……」
「ありがとう」
「また寒くなったら言えよ?」
彼はこっそりと気を遣ってくれるタイプ。確かに言ってくれないことが欠点だけど。誕生日にはプレゼントをくれたし、記念日には「ありがとう」の一言を言ってくれる。思い返せば大きな不満はなかったはずなんだけど……
「ねぇ幸人、私卒業したらさぁ……ねぇ聞いてんの?」
「うるさいなぁ……今漫画読んでんだよ!」
「……!?」
当時私は高校卒業を控えていて進路を考えなきゃいけない時期だった。先輩の彼に進路の相談をしたかったのに乗ってくれない。唯一言ってくれたのは――
「澪が後悔しない選択をしなさい」
だけ。いやもうちょっとアドバイスしてよ……周りの同級生カップルはもっとラブラブなのにと考えると、彼との関係に少しずつ温度差を感じ始めていた。つい私は
「あのさ……私のことなんだと思ってんの?」
「何って?彼女だよ。それ以外あるの?」
若かった私は頭に血が上りやすかった。いっつもいっつも、私に合わせてばっかり……そんなの愛情なんて言えるわけない!
バンッ!
「いい加減にしてよ!」
「ちょっと……何だよいきなり?」
「幸人はいっつもそう!私のこと好きなのかわからないし、私だって……もっと幸せに愛し合いたいのに……!」
「愛し合ってるだろ……」
愛し合ってるんじゃなくて、そんなの私が一方的に愛しているだけよ!
「もう嫌!こんなの愛し合ってないわよ……」
「……」
「もう私たち無理よ……あなたにはもうガッカリしたわ……別れよ……」
「……」
何も言わない彼を数秒観察してそのまま部屋を出ようとした。恋人を引き止めない彼に私はまたイライラを爆発させた!
「何で引き止めないのよ!?これって別れるかどうかの話なんだよ……!?ねぇ!」
胸ぐらを掴んだのはさすがにやりすぎたけど、私はもっと愛情表現をしたかった。彼から愛されたかった……今思えば、優しい彼がいながら一方的に想いを求めていた私は贅沢すぎたんだと思う。
「だって……別れたいのは君の本音だろ?俺にはどうすることもできないよ」
「ウゥ……!」
冷静にそう言う彼に対して私は返す言葉が見つからなかった。結局
「じゃあ俺はもう帰るよ……今までありがとね。それじゃ」
「……」
あのあと私は涙が枯れるほど泣いた。怒りのまま別れを告げた自分の愚かさに後悔し、何も言い返さず私の前から消えた彼を思い出すたびに胸が締めつけられる。今ならわかるけど、彼はきっと私と別れたくなかったはず。だって幸人の目、泣いていたんだもん……!
「ひっく……うぅぅ……わぁぁ〜ん!」
「澪入るぞ〜?」
バタン……
「おいどうしたんだ澪?」
「お父さん!うわぁぁ〜……」
父親の前で泣き叫んでしまうなんていつ振りだろう……言うまでもないけど、その日は母親の前でも泣き叫び、当然の如く言われたのは――
「そんな男なんか忘れちまえ!」
でも本当は私が悪いの!彼を傷つけてしまったのは私。しばらく立ち直るのに時間かかったけど、幸人のことは忘れようと割り切るに至った。その後私は高校を卒業して文学部の大学に進学。大学を出てからはルミエール商事に就職して今に至るってわけ。
「はぁ~……」
何か久しぶりの記憶を長々と思い出したなぁ……携帯を見ても彼とのツーショット写真はおろか、ワンショット写真もない。唯一あるのは別れる前の記念日にフラワーパークで撮った1枚。私ったら高校生のくせにへそなんか出しちゃって。思い切って彼にセクシーな姿を見せた最初は恥ずかしかったのに、今はアイツのせいで人前でヌードになることすら抵抗がないなんて。それでも私は許せない……私の裸を見ていいのは幸人だけよ!
ポチポチ……
「次会える日いつかな?とっておきのプレゼントを用意しておくから楽しみにしててほしいな!」
アイツからのメッセージは毎回の如くため息を吐かされる。今さら彼に相談しても、乗ってくれないってことはなくても――
「後悔しない選択をしなさい」
絶対そうなる!けれど、幸人は絶対に私を裏切ることはしない人だった。だからこそ私はあの人を信じる価値があると思っている。でもこれは浮気だよな……?それでも一つだけ伝えたいことがある。
「冷たいあなたが、本当は好きだった……」
ってね。
トポトポ……カラン……
「お待たせしました……こちら白雪(余白オリジナルのカプチーノ)です」
「これこれ!安心するんだよな」
「ごゆっくりどうぞ」
……澪と別れてからどれほどの年月が経ったのだろう。突然別れを切り出されたときは澪を尊重して別れたけれど、フラれたことは実を言うとショックだった。昨日は自分からキスを仕掛けてしまったが、俺の中にある違和感が残り続けていた。それは、澪のキスの味はイチゴのように甘いはずなのに、当時とは全然違う匂いに驚いたのだ。
「PayPay使えます?ここにするか」
カランカラン……
「いらっしゃいませ。おひとり様で?こちらカウンターどうぞ」
来店されたのは30代くらいのサラリーマン。仕事帰りなのか非常に疲れたような面持ちをしている。
「はぁ~……」
まるで死んでいるような目……興味深くなって見ていたら社員証のようなものを首にかけている。
「ん……ルミエール商事?」
「えぇ?あっヤッベェ……持ったまま帰っちまったぁ!」
澪のことを考えていたら勤め先の人が来店されるとは……名札が見えたのだが目の前にいる人は、商品開発部部長 山本裕貴さんのようだ。
「ご注文お決まりでしょうか?」
「ええっとぉ……じゃあ本日のおすすめとペペロン焼きそばで」
「かしこまりました……」
商品開発部は澪と同じ部署なのか?ということは、山本さんは澪の上司?一体何について悩んでいる?けど自分から聞くのは企業秘密を知ることになってしまう。悩みならいつでも聞けるが
「お疲れのようですね?」
「えぇ?はい……何か最近悩むことばっかっすよ〜」
「大変ですね?」
「上司である俺がしっかりしなきゃな」
この前見た記事だが、澪発案のAQUASTYLEの類似品、AQUASTYLE+の健康被害に関することが書かれていた。おそらく火消しに必死なのだろう。
「お待たせしました。本日のおすすめ、余白レモネードとペペロン焼きそばです」
「余白レモネード?」
ゴク……ゴク……
「あれ?これレモンの味しないような?」
「これはですね、レモンの皮のみを使ったレモネードなんですよ。あえて味に余白を残しておくことで、味変が無限大になります」
「味変が無限大!?」
「甘くしたければこちらのレモンシロップ。オリジナルのを作るならシロップと一緒にミルクを少々」
ゴクゴク……
「うん!新しいけど美味しいです!」
スルスル……
「ペペロンも美味しいです!」
うちで提供する料理は基本的に薄味で作る。味に余白を残しておくのがコンセプトだ。
「うん……!」
元気がないときこそ食べなきゃダメだ。人間お腹と心に余裕がないといつ壊れてしまうかわからない。もし山本さんがまた店に来てくれたときは、希望なら心もいっぱいにする手助けをしようか。
当時高校1年生の私は、本ばかり読む物静かな子だった。両親に買ってもらったり図書館で何冊も借りたりしたっけな?今じゃ忙しくてそんな時間ないけど、刺激があるわけでもない毎日が私にとって幸せだった。
ガシッ……!
「またコイツくだらねぇ本読んでんなぁ!」
「ちょっと何よ!?」
コイツらは私の本を急に奪ったりするクラスメイトの大池と川本。
「またくだらねぇ本読んでやぁんの!」
「ちょっと返して!」
「取ってみろよ!」
ドッドッドッ!
「ちょっと〜……!」
高校生にもなって人のもの奪うって小学生かよ?前も言ったけど私の体育の成績は万年低い。サッカー部と陸上部の2人に追いつけるはずもなく――
「はぁ……もう返してよ!」
「ここまで来たら返してやんよ!」
その本は一番気に入っているのに……もう走れなくなった私はまた買えばいいと諦めかけたんだけど……
「おい……」
「あぁ〜?ってうわぁ……!」
「ヤベッ!?鏡先輩だ!」
「鏡先輩?」
いや誰だ!?でも名前だけは聞いたことあるような……後にわかったことなんだけど、彼は喧嘩最強と恐れられていたみたい。でも高校生なのに185センチ、いやもう少しあるか?
「かかかか……返します!返します!」
「すみませぇ〜ん……!」
「あぁ……」
まるでバラエティ番組のヒューの擬音が鳴ったかのように去ってしまった。そんなに怖い先輩なの?だとしたら関わりたくないんだけど――
「ほら……?」
「えぇ?ありがとうございます……」
意外にも彼は両手で返してくれた。威圧的な体格とは裏腹に丁寧な対応にギャップを感じたことは今でも覚えている。
「気にするな、まあ気をつけな」
「あ、ちょっと……」
何だろうあの先輩、体格もあって凄い圧だったけどそこまで怖そうな感じではないな。あのときの私は本当にウブだったけど、一目見ただけでめちゃくちゃ格好良いなと思っていた。私はあの先輩のことが少し気になり始めたんだけど。
あれから1か月後。今日は何の本を借りようかなと図書館を歩いていたとき――
「さて今日は……」
悪い癖なんだけど、私は何かに夢中になってしまうと前を見て歩けないことが多くて……
ドンッ……!
「キャッ!?」
ドサドサ……!
ヤッバ……静かにしなきゃいけない場所なのに持っていた本は崩れるわ、私まで後ろに反って尻もちをついた。
「いったぁ……!」
何今の衝撃?まるで車がぶつかってきたみたいだった。
「大丈夫かって君……!?」
「いてて」
謝んなきゃと慌てて立ち上がって私が見た人はまさかの――
「あれ?この前の……」
「……」
私がぶつかってしまったのはあの鏡先輩だった。静寂な図書館内に私の胸のドキドキ音が鳴り響いているみたいだった。彼はそんなことを気にせず床に落ちてしまった本を拾い始める。
「あの……この前」
「うるさい……図書館なんだから静かに」
少しくらい話聞いたっていいじゃん……確かにそうだけどさ。
「……」
私も本を拾い始めると――
サッ……
えっ……今彼の手が私の肩に触れた。偶然なのかわざとなのかわからないけれど、私はまた彼にときめいてしまった。
「鏡先輩って、何て名前なんですか?」
「名前聞くなら自分の方から教えるだろ?」
「えっ?1Dの夢野澪です」
「それでよし……俺は鏡幸人だ」
「幸人さん?」
「よろしくな」
鏡幸人。何か芸能人の芸名みたいな名前にビックリしたのを覚えている。てか私もか……でも何か嬉しくて嬉しくてしょうがなくなっちゃう!
「鏡先輩の名前知っちゃった!」
「だからうるさいって……!」
図書館ではしゃいでしまう私を止めようとする彼の声が図書館内に響き渡れば当然――
「こら静かにしろ!」
「す、すみません……」
「すみませんでした」
怒られちゃったよ……
あれから私は幸人のことが気になって仕方なくなり、ラブレターを書こうか、メッセージで告白をしようか悩んでいた。確かに彼は無愛想だけど不器用な優しさ、何より肩を触ってくれたときの温かさが忘れられなかった。でも本当に何で好きになったのかわからない。だって噂では喧嘩最強と言われている人よ?でもやっぱり考えていたらキリがないわ。好きになったら色々考えない!
「どうしたの澪?何か最近凄く楽しそうじゃん?」
「ふふふ〜ん……実は私、好きな人がいるんだ!」
「えっマジで?だれだれ!」
「先輩かな……」
「先輩?でも澪にならいいんじゃない?」
私は確かに自分から行動を起こしたり、気の強い女じゃない。この先のパートナーにするなら引っ張ってくれる人の方がいいな。よし決めた!告白は直接彼にちゃんとした言葉で伝えよう。
ドキドキ……
「どうしたんだ?急に呼び出して」
後日、私は放課後の屋上に幸人を呼び出した。今日告白すると決断したが、もし成功しても冷たそうでミステリアスな雰囲気のイメージが強い彼と付き合うことに不安はある。不安なことばかり考えていたらやっぱりダメよ。
「鏡先輩って……彼女とかいないんですか?」
「それを聞いてどうするんだ?」
「いや……」
「悪いけどこれからバイトなんだよ。話がないならもう帰るぞ?」
勇気を出して屋上に呼んだのだから逃がすわけにいかない!私は高鳴る胸を必死に抑えてありのままの言葉を全力で伝える。
「私鏡先輩のことが好きなんです!私でよかったらお付き合いしてくれませんか!?」
想いのままの言葉を告げて深々と頭を下げた!多分断られるだろうなと思っていたんだけど……
「……」
ドキドキ……!
「いいよ……」
「えっ……!?」
本当……マジで……!?一瞬の沈黙は置いたけどこんなにあっさりと了承してくれた。
「本当にいいんですか?」
「うん……だからいいよ」
何かスッキリしないような答えだけど、とりあえずよかった!私は飛び跳ねそうな勢いのまま心の中で喜んだ。
「あの……もしかしてデートしてくれるんですか?」
「いいよ」
「いいんですか!?ちなみに、いつですか……」
「それは君に任せるよ」
「任せる……」
何だろう。何かやっぱりハッキリしないわね。このときはまだ自分の意見を主張しないタイプだと思っていた。案外人に合わせるスタイルなのかな?あれから私たちは約2年間交際することになったけれど、思い返せばほぼほぼ私がデートプランを決めていたかな。
別れたときは当時私は18歳、彼は20歳。彼は大学2年生だったけど、忙しいながらも私は充実した恋愛ライフを過ごしていた。
フュゥゥゥ〜……
「はいよ」
パサッ……
「寒くなってきたからな……」
「ありがとう」
「また寒くなったら言えよ?」
彼はこっそりと気を遣ってくれるタイプ。確かに言ってくれないことが欠点だけど。誕生日にはプレゼントをくれたし、記念日には「ありがとう」の一言を言ってくれる。思い返せば大きな不満はなかったはずなんだけど……
「ねぇ幸人、私卒業したらさぁ……ねぇ聞いてんの?」
「うるさいなぁ……今漫画読んでんだよ!」
「……!?」
当時私は高校卒業を控えていて進路を考えなきゃいけない時期だった。先輩の彼に進路の相談をしたかったのに乗ってくれない。唯一言ってくれたのは――
「澪が後悔しない選択をしなさい」
だけ。いやもうちょっとアドバイスしてよ……周りの同級生カップルはもっとラブラブなのにと考えると、彼との関係に少しずつ温度差を感じ始めていた。つい私は
「あのさ……私のことなんだと思ってんの?」
「何って?彼女だよ。それ以外あるの?」
若かった私は頭に血が上りやすかった。いっつもいっつも、私に合わせてばっかり……そんなの愛情なんて言えるわけない!
バンッ!
「いい加減にしてよ!」
「ちょっと……何だよいきなり?」
「幸人はいっつもそう!私のこと好きなのかわからないし、私だって……もっと幸せに愛し合いたいのに……!」
「愛し合ってるだろ……」
愛し合ってるんじゃなくて、そんなの私が一方的に愛しているだけよ!
「もう嫌!こんなの愛し合ってないわよ……」
「……」
「もう私たち無理よ……あなたにはもうガッカリしたわ……別れよ……」
「……」
何も言わない彼を数秒観察してそのまま部屋を出ようとした。恋人を引き止めない彼に私はまたイライラを爆発させた!
「何で引き止めないのよ!?これって別れるかどうかの話なんだよ……!?ねぇ!」
胸ぐらを掴んだのはさすがにやりすぎたけど、私はもっと愛情表現をしたかった。彼から愛されたかった……今思えば、優しい彼がいながら一方的に想いを求めていた私は贅沢すぎたんだと思う。
「だって……別れたいのは君の本音だろ?俺にはどうすることもできないよ」
「ウゥ……!」
冷静にそう言う彼に対して私は返す言葉が見つからなかった。結局
「じゃあ俺はもう帰るよ……今までありがとね。それじゃ」
「……」
あのあと私は涙が枯れるほど泣いた。怒りのまま別れを告げた自分の愚かさに後悔し、何も言い返さず私の前から消えた彼を思い出すたびに胸が締めつけられる。今ならわかるけど、彼はきっと私と別れたくなかったはず。だって幸人の目、泣いていたんだもん……!
「ひっく……うぅぅ……わぁぁ〜ん!」
「澪入るぞ〜?」
バタン……
「おいどうしたんだ澪?」
「お父さん!うわぁぁ〜……」
父親の前で泣き叫んでしまうなんていつ振りだろう……言うまでもないけど、その日は母親の前でも泣き叫び、当然の如く言われたのは――
「そんな男なんか忘れちまえ!」
でも本当は私が悪いの!彼を傷つけてしまったのは私。しばらく立ち直るのに時間かかったけど、幸人のことは忘れようと割り切るに至った。その後私は高校を卒業して文学部の大学に進学。大学を出てからはルミエール商事に就職して今に至るってわけ。
「はぁ~……」
何か久しぶりの記憶を長々と思い出したなぁ……携帯を見ても彼とのツーショット写真はおろか、ワンショット写真もない。唯一あるのは別れる前の記念日にフラワーパークで撮った1枚。私ったら高校生のくせにへそなんか出しちゃって。思い切って彼にセクシーな姿を見せた最初は恥ずかしかったのに、今はアイツのせいで人前でヌードになることすら抵抗がないなんて。それでも私は許せない……私の裸を見ていいのは幸人だけよ!
ポチポチ……
「次会える日いつかな?とっておきのプレゼントを用意しておくから楽しみにしててほしいな!」
アイツからのメッセージは毎回の如くため息を吐かされる。今さら彼に相談しても、乗ってくれないってことはなくても――
「後悔しない選択をしなさい」
絶対そうなる!けれど、幸人は絶対に私を裏切ることはしない人だった。だからこそ私はあの人を信じる価値があると思っている。でもこれは浮気だよな……?それでも一つだけ伝えたいことがある。
「冷たいあなたが、本当は好きだった……」
ってね。
トポトポ……カラン……
「お待たせしました……こちら白雪(余白オリジナルのカプチーノ)です」
「これこれ!安心するんだよな」
「ごゆっくりどうぞ」
……澪と別れてからどれほどの年月が経ったのだろう。突然別れを切り出されたときは澪を尊重して別れたけれど、フラれたことは実を言うとショックだった。昨日は自分からキスを仕掛けてしまったが、俺の中にある違和感が残り続けていた。それは、澪のキスの味はイチゴのように甘いはずなのに、当時とは全然違う匂いに驚いたのだ。
「PayPay使えます?ここにするか」
カランカラン……
「いらっしゃいませ。おひとり様で?こちらカウンターどうぞ」
来店されたのは30代くらいのサラリーマン。仕事帰りなのか非常に疲れたような面持ちをしている。
「はぁ~……」
まるで死んでいるような目……興味深くなって見ていたら社員証のようなものを首にかけている。
「ん……ルミエール商事?」
「えぇ?あっヤッベェ……持ったまま帰っちまったぁ!」
澪のことを考えていたら勤め先の人が来店されるとは……名札が見えたのだが目の前にいる人は、商品開発部部長 山本裕貴さんのようだ。
「ご注文お決まりでしょうか?」
「ええっとぉ……じゃあ本日のおすすめとペペロン焼きそばで」
「かしこまりました……」
商品開発部は澪と同じ部署なのか?ということは、山本さんは澪の上司?一体何について悩んでいる?けど自分から聞くのは企業秘密を知ることになってしまう。悩みならいつでも聞けるが
「お疲れのようですね?」
「えぇ?はい……何か最近悩むことばっかっすよ〜」
「大変ですね?」
「上司である俺がしっかりしなきゃな」
この前見た記事だが、澪発案のAQUASTYLEの類似品、AQUASTYLE+の健康被害に関することが書かれていた。おそらく火消しに必死なのだろう。
「お待たせしました。本日のおすすめ、余白レモネードとペペロン焼きそばです」
「余白レモネード?」
ゴク……ゴク……
「あれ?これレモンの味しないような?」
「これはですね、レモンの皮のみを使ったレモネードなんですよ。あえて味に余白を残しておくことで、味変が無限大になります」
「味変が無限大!?」
「甘くしたければこちらのレモンシロップ。オリジナルのを作るならシロップと一緒にミルクを少々」
ゴクゴク……
「うん!新しいけど美味しいです!」
スルスル……
「ペペロンも美味しいです!」
うちで提供する料理は基本的に薄味で作る。味に余白を残しておくのがコンセプトだ。
「うん……!」
元気がないときこそ食べなきゃダメだ。人間お腹と心に余裕がないといつ壊れてしまうかわからない。もし山本さんがまた店に来てくれたときは、希望なら心もいっぱいにする手助けをしようか。