5倍に薄める幸せ
DILUTION 1.5 支配欲の塊
数日後。幸人に連絡を取ろうか取らないか悩んでいる私だったけど、やっぱり大人しくするアイツではなかった。この前、彼のキスを受け止めた直後にアイツとぶつかったらしいんだけど……
「この前の男について何かわかったのか?」
「はい。もう調べはつきましたよ」
ヘリオス・ジャパンの役員会議室。社員とは言い難い男が橘と接触していた。調べはついたって一体何?
「面白い男でしたよ。名前は鏡幸人27歳。専務は余白って喫茶店ご存じないですか?」
「何かテレビで見たことあるな……何だっけ……あなたの心を埋める余白を用意しますだったか?それがどうしたんだ?」
「そこのオーナーらしいですよ……」
アイツは彼とぶつかったことを面白く思っていなかったらしい……幸人ったら行動隠すのが相変わらず下手くそね。不器用な点も含めて好きだったんだけど……
「ハハハ……ハハハハ!」
バレてないつもりだったんだけど、実は彼の手をすり抜けるように飛び出したとき、猛ダッシュする私を見ていたみたい。その直後に彼が同じ部屋から出てきたら勘の良い人間なら大体察する。でその直後にぶつかる。もうとんだヘマ……
「ちょっとお仕置きが必要だな……だがその前に」
奴は相変わらず女の子を引っ掛けてはコレクションを増やし続けていた。トップページにあるのは私の下着とヌード写真……
「始めますか?」
「いや、澪はまたじっくり料理すればいい……まずはコイツからだ」
始める?ファイルを数ページめくって止めて書かれているのは相澤 美月37歳。ゲームセンター勤務。中学1年生の息子と小学5年生の娘を持つシングルマザー。ちょっと待って、自慰行為の写真まで撮ってんじゃない……!私の知らないところでこんなにおぞましいことがあったなんて考えるだけでゾッとする。だけどこんなのは序の口だった……
数時間後。
「伶も早く寝なさい」
「うん……この復習だけやったら寝るから」
「わかったわ……」
やっぱり年頃のお子さんがいるって大変ね……あんな男に引っ掛かって可哀想に……
ブー……ブー……
「?はい、えっ何ですか……?」
「美月ちゃん……大事な話があるんだ。俺の家来れないか?」
「電話じゃダメですか?もう10時ですし……」
「電話じゃどうしても長くなっちゃうんだ。お願い……!来てくれないか?」
「わかりました……」
また数分後。
ピンポーン……
「美月ちゃん……待ってたよ!さあ入って」
「あのお話って……」
グイッ……
「キャッ……!?」
女の子の手を急に引っ張るなんて、奴の辞書には丁重というものはないのかよ……美月さんをソファに座らせるや否や、急に腰に手を回してもう一方の手は胸元へ……突然の行動に困惑しつつも、美月さんはある期待を抱いていた。
「お話って、もしかして結婚してくれるんですか……!?」
「うん。単刀直入に言えばそうなんだけど」
「ヌードでも何でも撮ります!」
「そうか?なら……」
パチン……
なぜか奴は指パッチンを鳴らした。すると現れたのは50代ほどの女性でバスローブを着ているだけ。何が始まるっていうの……?
「あの……」
「今日さ、1時間後にお客さんが何人か来るんだ。それで今日女の子が足りてなくてね……」
奴はヘリオス・ジャパンの専務を務める傍ら、自分の家で違法風俗店を経営しているの……しかも本番行為OKとか。
「お客さんが来るまで1時間あるから、この人の講習を受けてほしいんだ……」
「ちょっと待ってください……さすがにそれはっ!?」
「頼む!このままじゃ俺……大事なお客さんを失うことになるんだ!この通りだ!」
美月さんに必死の土下座……
「絶対結婚するって約束するから!俺のためだと思って」
「そんな無理です……!」
すると奴は顔を上げて不敵な笑みを浮かべる。
「まぁ……そう言うと思ったけど、あまり悠長にしていられないよ?携帯でも確認してみるんだね……」
「えっ……?」
美月さんのスマホに送られていたのは一つのURL。恐る恐る開いてみると……
「な……何ですかこれ!?」
それは風俗店のサイトだった。そこに貼られていたのは自分の自慰行為を撮られたヌード写真。しかも顔も思いっきり公開。さらに「みづき 37歳」さすがに詳細は教えられないけど、基本プレイの内容やオプションなど、何でもいけます!的なことが書かれている。既に顔がお客にバレていた……!
「もう出しちゃったんだ……だから、お客さんを裏切るなんてできないんだよな?」
「そんな……!あぁ……」
「連れて行け……」
「はい……さぁ、抵抗しないの?私がしっかり教えてあげるから……」
女は抵抗する美月さんを強引に引っ張って冷たいシャワールームに連れて行く……奴にとってコレクションにした女性の方たちはただの捨て駒だったなんて……!
ガチャン……!
「さぁまずは脱ぎなさい……」
「うぅぅ……!」
予想通りだけど、奴が言う講習は絶対女だけで終わらせるはずがない……
「さぁ私が言った通りにやりなさい……?」
「さぁ早く舐めてみろ……」
表情のない女とプレイを受ける男の狂気じみた歓喜……
「嫌だ……いやぁ~!!」
部屋に響き渡る悲鳴……
「ハハハ……!さぁ楽しませてくれよ……み・づ・き・ちゃん!」
翌日の夕方。
俺は店番をバイトの人に任せて買い出しに出ていた。今の時間はちょうど学生たちの下校時間。余談だが余白から遠くない位置に小学校に中学校、高校があって学校帰りの学生も気軽に利用できるようにしようと決めて今の場所に選んだ。そんなとき――
「あの……僕の母さん見てませんか!?」
「伶君のお母さん?いや見てないわね……」
「そうですか……」
何やら学ランを着た男の子が慌てた様子でいる。中学生か?
「どうしたんだ?」
「あの……!俺の母さんなんですけど見てないですか!?この人なんだけど……!」
「いや……見てないな」
「クソッ!」
あの慌てた様子と焦っている目……普通じゃない。それにお母さんを探している?事件にでも巻き込まれたのか?
「警察は?」
「行ったけど、今日だけじゃ行方不明かわからないみたいで……」
「わかった……親御さんはお母さんだけかな?」
「はい……」
お母さんだけか。なら夕飯なくて困ってしまうだろう。とりあえず何も食べないことには始まらない。
「とりあえず俺のとこ来な?お腹空くだろ?」
「そんな時間ないです……!電話に出ないし既読もつかないし……」
「よし……なら俺がお母さんを探すのを手伝ってあげるよ」
「えっ……おじさんがですか?」
お…おじさん!いや気にしたら負けだ。
「余白って喫茶店が俺の店なんだ。まずはお腹の余白を埋めようぜ?」
「んん……?」
まあ中学生に語っても理解し難いか……
「俺小5の妹がいるんだけど、一緒に連れて来てもいいですか?」
「もちろんだ!」
カランカラン……
「おかえりなさ……ってその子は?」
「ちょっと事情があってな。うちで飯食ってもらう」
「相澤伶です!」
「相澤海咲です!」
「りょーかい!りょーかい!さあさあ座って!」
店番をやってくれたのはアルバイトの大学生、檜山 真司君。
好きな食べ物は聞いている。けど伶君はトマト嫌いなようだ。さぁてと、元気が出るものを作るか!
「伶君は当店自慢のカルボナーラ、海咲ちゃんには余白オリジナルのビーフカレーだ。さあ召し上がれ……」
「美味そう……いただきます!」
ガツガツ……
「カレー美味しい!」
「うめぇ!」
料理の腕は俺が小さい頃から母親に教えられた。亡くなった今となっては教わることはできないが、母さんの味は今日まで大事にしてきた。
「おかわりありますか?」
「もちろんあるよ。遠慮せず食べてくれ!」
最初は赤字からオープンした余白だったが、多くのお客様が美味い!また食べたい!と温かい言葉をくれた。やっぱり、今度は俺が皆さんの心を温かくする番だ。そろそろ食べ終わったかな?伶君には早速で申し訳ないがお母様の話を聞くか。
1時間後の相澤宅。
「寝たかな?」
「寝たみたいです」
海咲ちゃんはまだ小学生だ。申し訳ないが、ここは一歩大人の階段を登った伶君にだけ話を聞くことにした。
「缶コーヒーですが、どうぞ……」
「おっありがとう」
嬉しいことに缶コーヒーはブラックだ。
カチッ……ゴク……
「ふう……伶君、今日までお母さんに変わった様子とかなかったかな?」
「変わったことは特になかったんですけど」
「けど……?」
俺は残っていた缶コーヒーを飲み干す。今の時間は20時。ゲームセンター勤務なら遅番もあるだろうが、もしそうなら一通でもメッセージを送ってくるはずだが……
「さっきも言ったと思うんですけど、母さんは俺が5歳のときに離婚してずっと片親なんです。まぁ、母さんも若いから色んな男の人と付き合ってるのも見ました。てか、現在進行系で彼氏探してて……」
シングルで子どもを2人も育てるんだ。やっぱり心細いのだろう。もし付き合っている男がいれば関与が疑われると思うが……
「で……今はいるのか?」
「そういえば、ちょっと前に連れて来た男がいたんですけど……」
「男?それってどんな男だった?」
「派手なスーツ着てて、金髪で……てか俺はずっと反対したんです!あの人は絶対にやめとけって!」
反対した?年頃の男の子がそう抗議するなら余程の理由があったはずだ。
「何で反対したんだ?」
「何か胡散臭いしお金見せびらかすし……それに俺のことをすごい睨んでいました……」
睨んだだと……そんなとき俺はあることを思い出した。澪と再会した直後にぶつかったあの若専務のことを。胡散臭い、金……
「名前とか聞いてないか?」
「何だっけ?確か〜ゆうま君って母さんが言ってたかな……」
「ゆうま……」
まさかあの鼻につく野郎の橘優真か?すると伶君がスマホから1枚の写真を見せた。
「これです……」
「コイツは……!」
ビンゴ!と言いたいところだがお母さんが行方不明になっている事態だ。まさかあの若専務が!?俺の頭で一つの辻褄が合ったのだが、脳裏に過ぎったのは俺の中にある良くない記憶。だが思い出せない……
「鏡さん?」
「いや何でもない……」
俺はやっぱり知っている……!だがそれ以上に思い出したのは澪の暗かった表情だ。澪と伶君のことを考えたら俺の私情は二の次だ。一通り話を聞くことができた俺はソファから立ち上がった。
「鏡さん……!」
「悪いな。あまり力になれなくて……」
「あの!」
「お母さんが見つかるまで俺が伶君の心の余白を埋めることならできる。腹が減ったらまた俺のとこ来るといい……」
「どういうことですか?」
「心の余白ってのは、人が埋めて人が埋めてあげるものだと思うんだ……お母さんが帰って来たら、伶君なりの愛で満たしてあげな?」
これでもまだ伶君と海咲ちゃんの余白は8割以上空いているだろう。本当ならこのまま彼らに寄り添っていたいところではあるが、俺の仕事はもう店の経営だけではなくなった。とりあえずお母さんが見つかるまでの期間は隣町に住む叔父夫婦に面倒を見てもらう形で話がまとまったのだが、俺の知らないところで、事態は最悪の形を迎えていた……
翌日。お母さんが帰って来ることを信じて登校した伶君だったが……
ザワザワ……
「何か騒がしいな……?」
どういうわけか教師や生徒たちが伶君に視線を向ける。朝の会の前はいつもはしゃぐように騒がしいはずなのに――
「なあどうし……」
「……」
誰も伶君と口を聞いてくれない。仲の良い同級生が多い彼にとってこんなことは青天の霹靂。だがとき既に遅しで、地獄の扉は開かれていた……
「相澤君……ちょっといいかな?」
「はい……?」
彼を呼び出したのは担任の坂内涼士。
「失礼します……」
担任の視線はまるで冷風機を当てられたような冷たさ。一体何の用で呼び出した?
「君のお母さんさ、エグいことしてんだね……?」
「どういうことですか……?」
「これこれ……」
見せられたスマホは中学生から見ればまだ見てはいけないピンクサイトだが、問題はその中身……
「母さん……!?」
「試しに指名してみたらまさかねぇ……」
問題の風俗サイトには名字こそ伏せられているが本名、プロフィール……極めつけは顔出しのヌード写真!当然信じられない、信じたくない……!だが実の息子が母親を間違えるはずはなかった……どう見たって大好きなお母さんだった!
「先生……指名したって、まさか母さんと……!?」
「言わなくてもわかるだろ」
ドスッ……!
「ふざけるな!」
彼の心は余白以上に空っぽになってしまった。空きすぎた心は自分の意志とは無関係に人というものを破壊してしまう……
「やっちゃった……もう君は俺の生徒じゃなくなっちゃうな……」
「嘘だ……嘘だ嘘だ!?」
バタン……!
彼はドアを勢いよく開けて廊下を走り出した……自分だけでなく母親を侮辱された彼にとって学校は居場所ではなくなってしまった。
「もうダメだ!鏡さん……助けて!そうだ……余白に行けば!」
彼は寒空の中、上着を回収することを忘れ上履きのまま学校を飛び出した。
「はぁ……はぁ……!」
向かう先は学校から遠くない余白。とりあえず今日あったことを全部話そうと思ったのだろう。すぐ近くまで辿り着いたとき、一心不乱に走る彼は赤信号を無視してしまい……
ピピピーー……!
「えっ……」
「何……!?危ないどけっ!!」
慌てて急ブレーキを踏んだが間に合うはずもなく……
ドガ……ガシャーン……!
「おい大丈夫か……!?うわぁぁ〜……血……血がぁ!」
「早く救急車!」
見通しの良い交差点で一人の男子中学生が中型トラックに撥ねられた……すぐさま病院へ搬送されたが、意識不明の重体。俺はその報せを受けて絶望した。俺じゃ伶君の余白になれなかったのだろうか……
「この前の男について何かわかったのか?」
「はい。もう調べはつきましたよ」
ヘリオス・ジャパンの役員会議室。社員とは言い難い男が橘と接触していた。調べはついたって一体何?
「面白い男でしたよ。名前は鏡幸人27歳。専務は余白って喫茶店ご存じないですか?」
「何かテレビで見たことあるな……何だっけ……あなたの心を埋める余白を用意しますだったか?それがどうしたんだ?」
「そこのオーナーらしいですよ……」
アイツは彼とぶつかったことを面白く思っていなかったらしい……幸人ったら行動隠すのが相変わらず下手くそね。不器用な点も含めて好きだったんだけど……
「ハハハ……ハハハハ!」
バレてないつもりだったんだけど、実は彼の手をすり抜けるように飛び出したとき、猛ダッシュする私を見ていたみたい。その直後に彼が同じ部屋から出てきたら勘の良い人間なら大体察する。でその直後にぶつかる。もうとんだヘマ……
「ちょっとお仕置きが必要だな……だがその前に」
奴は相変わらず女の子を引っ掛けてはコレクションを増やし続けていた。トップページにあるのは私の下着とヌード写真……
「始めますか?」
「いや、澪はまたじっくり料理すればいい……まずはコイツからだ」
始める?ファイルを数ページめくって止めて書かれているのは相澤 美月37歳。ゲームセンター勤務。中学1年生の息子と小学5年生の娘を持つシングルマザー。ちょっと待って、自慰行為の写真まで撮ってんじゃない……!私の知らないところでこんなにおぞましいことがあったなんて考えるだけでゾッとする。だけどこんなのは序の口だった……
数時間後。
「伶も早く寝なさい」
「うん……この復習だけやったら寝るから」
「わかったわ……」
やっぱり年頃のお子さんがいるって大変ね……あんな男に引っ掛かって可哀想に……
ブー……ブー……
「?はい、えっ何ですか……?」
「美月ちゃん……大事な話があるんだ。俺の家来れないか?」
「電話じゃダメですか?もう10時ですし……」
「電話じゃどうしても長くなっちゃうんだ。お願い……!来てくれないか?」
「わかりました……」
また数分後。
ピンポーン……
「美月ちゃん……待ってたよ!さあ入って」
「あのお話って……」
グイッ……
「キャッ……!?」
女の子の手を急に引っ張るなんて、奴の辞書には丁重というものはないのかよ……美月さんをソファに座らせるや否や、急に腰に手を回してもう一方の手は胸元へ……突然の行動に困惑しつつも、美月さんはある期待を抱いていた。
「お話って、もしかして結婚してくれるんですか……!?」
「うん。単刀直入に言えばそうなんだけど」
「ヌードでも何でも撮ります!」
「そうか?なら……」
パチン……
なぜか奴は指パッチンを鳴らした。すると現れたのは50代ほどの女性でバスローブを着ているだけ。何が始まるっていうの……?
「あの……」
「今日さ、1時間後にお客さんが何人か来るんだ。それで今日女の子が足りてなくてね……」
奴はヘリオス・ジャパンの専務を務める傍ら、自分の家で違法風俗店を経営しているの……しかも本番行為OKとか。
「お客さんが来るまで1時間あるから、この人の講習を受けてほしいんだ……」
「ちょっと待ってください……さすがにそれはっ!?」
「頼む!このままじゃ俺……大事なお客さんを失うことになるんだ!この通りだ!」
美月さんに必死の土下座……
「絶対結婚するって約束するから!俺のためだと思って」
「そんな無理です……!」
すると奴は顔を上げて不敵な笑みを浮かべる。
「まぁ……そう言うと思ったけど、あまり悠長にしていられないよ?携帯でも確認してみるんだね……」
「えっ……?」
美月さんのスマホに送られていたのは一つのURL。恐る恐る開いてみると……
「な……何ですかこれ!?」
それは風俗店のサイトだった。そこに貼られていたのは自分の自慰行為を撮られたヌード写真。しかも顔も思いっきり公開。さらに「みづき 37歳」さすがに詳細は教えられないけど、基本プレイの内容やオプションなど、何でもいけます!的なことが書かれている。既に顔がお客にバレていた……!
「もう出しちゃったんだ……だから、お客さんを裏切るなんてできないんだよな?」
「そんな……!あぁ……」
「連れて行け……」
「はい……さぁ、抵抗しないの?私がしっかり教えてあげるから……」
女は抵抗する美月さんを強引に引っ張って冷たいシャワールームに連れて行く……奴にとってコレクションにした女性の方たちはただの捨て駒だったなんて……!
ガチャン……!
「さぁまずは脱ぎなさい……」
「うぅぅ……!」
予想通りだけど、奴が言う講習は絶対女だけで終わらせるはずがない……
「さぁ私が言った通りにやりなさい……?」
「さぁ早く舐めてみろ……」
表情のない女とプレイを受ける男の狂気じみた歓喜……
「嫌だ……いやぁ~!!」
部屋に響き渡る悲鳴……
「ハハハ……!さぁ楽しませてくれよ……み・づ・き・ちゃん!」
翌日の夕方。
俺は店番をバイトの人に任せて買い出しに出ていた。今の時間はちょうど学生たちの下校時間。余談だが余白から遠くない位置に小学校に中学校、高校があって学校帰りの学生も気軽に利用できるようにしようと決めて今の場所に選んだ。そんなとき――
「あの……僕の母さん見てませんか!?」
「伶君のお母さん?いや見てないわね……」
「そうですか……」
何やら学ランを着た男の子が慌てた様子でいる。中学生か?
「どうしたんだ?」
「あの……!俺の母さんなんですけど見てないですか!?この人なんだけど……!」
「いや……見てないな」
「クソッ!」
あの慌てた様子と焦っている目……普通じゃない。それにお母さんを探している?事件にでも巻き込まれたのか?
「警察は?」
「行ったけど、今日だけじゃ行方不明かわからないみたいで……」
「わかった……親御さんはお母さんだけかな?」
「はい……」
お母さんだけか。なら夕飯なくて困ってしまうだろう。とりあえず何も食べないことには始まらない。
「とりあえず俺のとこ来な?お腹空くだろ?」
「そんな時間ないです……!電話に出ないし既読もつかないし……」
「よし……なら俺がお母さんを探すのを手伝ってあげるよ」
「えっ……おじさんがですか?」
お…おじさん!いや気にしたら負けだ。
「余白って喫茶店が俺の店なんだ。まずはお腹の余白を埋めようぜ?」
「んん……?」
まあ中学生に語っても理解し難いか……
「俺小5の妹がいるんだけど、一緒に連れて来てもいいですか?」
「もちろんだ!」
カランカラン……
「おかえりなさ……ってその子は?」
「ちょっと事情があってな。うちで飯食ってもらう」
「相澤伶です!」
「相澤海咲です!」
「りょーかい!りょーかい!さあさあ座って!」
店番をやってくれたのはアルバイトの大学生、檜山 真司君。
好きな食べ物は聞いている。けど伶君はトマト嫌いなようだ。さぁてと、元気が出るものを作るか!
「伶君は当店自慢のカルボナーラ、海咲ちゃんには余白オリジナルのビーフカレーだ。さあ召し上がれ……」
「美味そう……いただきます!」
ガツガツ……
「カレー美味しい!」
「うめぇ!」
料理の腕は俺が小さい頃から母親に教えられた。亡くなった今となっては教わることはできないが、母さんの味は今日まで大事にしてきた。
「おかわりありますか?」
「もちろんあるよ。遠慮せず食べてくれ!」
最初は赤字からオープンした余白だったが、多くのお客様が美味い!また食べたい!と温かい言葉をくれた。やっぱり、今度は俺が皆さんの心を温かくする番だ。そろそろ食べ終わったかな?伶君には早速で申し訳ないがお母様の話を聞くか。
1時間後の相澤宅。
「寝たかな?」
「寝たみたいです」
海咲ちゃんはまだ小学生だ。申し訳ないが、ここは一歩大人の階段を登った伶君にだけ話を聞くことにした。
「缶コーヒーですが、どうぞ……」
「おっありがとう」
嬉しいことに缶コーヒーはブラックだ。
カチッ……ゴク……
「ふう……伶君、今日までお母さんに変わった様子とかなかったかな?」
「変わったことは特になかったんですけど」
「けど……?」
俺は残っていた缶コーヒーを飲み干す。今の時間は20時。ゲームセンター勤務なら遅番もあるだろうが、もしそうなら一通でもメッセージを送ってくるはずだが……
「さっきも言ったと思うんですけど、母さんは俺が5歳のときに離婚してずっと片親なんです。まぁ、母さんも若いから色んな男の人と付き合ってるのも見ました。てか、現在進行系で彼氏探してて……」
シングルで子どもを2人も育てるんだ。やっぱり心細いのだろう。もし付き合っている男がいれば関与が疑われると思うが……
「で……今はいるのか?」
「そういえば、ちょっと前に連れて来た男がいたんですけど……」
「男?それってどんな男だった?」
「派手なスーツ着てて、金髪で……てか俺はずっと反対したんです!あの人は絶対にやめとけって!」
反対した?年頃の男の子がそう抗議するなら余程の理由があったはずだ。
「何で反対したんだ?」
「何か胡散臭いしお金見せびらかすし……それに俺のことをすごい睨んでいました……」
睨んだだと……そんなとき俺はあることを思い出した。澪と再会した直後にぶつかったあの若専務のことを。胡散臭い、金……
「名前とか聞いてないか?」
「何だっけ?確か〜ゆうま君って母さんが言ってたかな……」
「ゆうま……」
まさかあの鼻につく野郎の橘優真か?すると伶君がスマホから1枚の写真を見せた。
「これです……」
「コイツは……!」
ビンゴ!と言いたいところだがお母さんが行方不明になっている事態だ。まさかあの若専務が!?俺の頭で一つの辻褄が合ったのだが、脳裏に過ぎったのは俺の中にある良くない記憶。だが思い出せない……
「鏡さん?」
「いや何でもない……」
俺はやっぱり知っている……!だがそれ以上に思い出したのは澪の暗かった表情だ。澪と伶君のことを考えたら俺の私情は二の次だ。一通り話を聞くことができた俺はソファから立ち上がった。
「鏡さん……!」
「悪いな。あまり力になれなくて……」
「あの!」
「お母さんが見つかるまで俺が伶君の心の余白を埋めることならできる。腹が減ったらまた俺のとこ来るといい……」
「どういうことですか?」
「心の余白ってのは、人が埋めて人が埋めてあげるものだと思うんだ……お母さんが帰って来たら、伶君なりの愛で満たしてあげな?」
これでもまだ伶君と海咲ちゃんの余白は8割以上空いているだろう。本当ならこのまま彼らに寄り添っていたいところではあるが、俺の仕事はもう店の経営だけではなくなった。とりあえずお母さんが見つかるまでの期間は隣町に住む叔父夫婦に面倒を見てもらう形で話がまとまったのだが、俺の知らないところで、事態は最悪の形を迎えていた……
翌日。お母さんが帰って来ることを信じて登校した伶君だったが……
ザワザワ……
「何か騒がしいな……?」
どういうわけか教師や生徒たちが伶君に視線を向ける。朝の会の前はいつもはしゃぐように騒がしいはずなのに――
「なあどうし……」
「……」
誰も伶君と口を聞いてくれない。仲の良い同級生が多い彼にとってこんなことは青天の霹靂。だがとき既に遅しで、地獄の扉は開かれていた……
「相澤君……ちょっといいかな?」
「はい……?」
彼を呼び出したのは担任の坂内涼士。
「失礼します……」
担任の視線はまるで冷風機を当てられたような冷たさ。一体何の用で呼び出した?
「君のお母さんさ、エグいことしてんだね……?」
「どういうことですか……?」
「これこれ……」
見せられたスマホは中学生から見ればまだ見てはいけないピンクサイトだが、問題はその中身……
「母さん……!?」
「試しに指名してみたらまさかねぇ……」
問題の風俗サイトには名字こそ伏せられているが本名、プロフィール……極めつけは顔出しのヌード写真!当然信じられない、信じたくない……!だが実の息子が母親を間違えるはずはなかった……どう見たって大好きなお母さんだった!
「先生……指名したって、まさか母さんと……!?」
「言わなくてもわかるだろ」
ドスッ……!
「ふざけるな!」
彼の心は余白以上に空っぽになってしまった。空きすぎた心は自分の意志とは無関係に人というものを破壊してしまう……
「やっちゃった……もう君は俺の生徒じゃなくなっちゃうな……」
「嘘だ……嘘だ嘘だ!?」
バタン……!
彼はドアを勢いよく開けて廊下を走り出した……自分だけでなく母親を侮辱された彼にとって学校は居場所ではなくなってしまった。
「もうダメだ!鏡さん……助けて!そうだ……余白に行けば!」
彼は寒空の中、上着を回収することを忘れ上履きのまま学校を飛び出した。
「はぁ……はぁ……!」
向かう先は学校から遠くない余白。とりあえず今日あったことを全部話そうと思ったのだろう。すぐ近くまで辿り着いたとき、一心不乱に走る彼は赤信号を無視してしまい……
ピピピーー……!
「えっ……」
「何……!?危ないどけっ!!」
慌てて急ブレーキを踏んだが間に合うはずもなく……
ドガ……ガシャーン……!
「おい大丈夫か……!?うわぁぁ〜……血……血がぁ!」
「早く救急車!」
見通しの良い交差点で一人の男子中学生が中型トラックに撥ねられた……すぐさま病院へ搬送されたが、意識不明の重体。俺はその報せを受けて絶望した。俺じゃ伶君の余白になれなかったのだろうか……