5倍に薄める幸せ
DILUTION 2 振り向いてくれるのかな……?
ブーン……
「……」
結局私は幸人に連絡することもなければ来るはずもなく、毎回の休日はアイツに呼び出されて断る勇気もない私だが……なぜか知らないけど奴は黙ったまま。
ピーポーピーポー……!
「何かしら?近い……」
最初に待ち合わせした場所のすぐ近くに人が集まっている。事故?
「あぁ……何か中学生が轢かれたらしいよ」
「えぇっ!?可哀想に……」
「まぁ助からないんじゃないか……」
コイツマジで不幸なことばっかり言うな……!でも轢かれたってことは助かる可能性低いのかな?助かってほしいと祈るしかできない。それよりも今どこに向かっているの?方向的には奴の自宅なんだけど――
「澪……俺さ、この前すごく嫌な夢見たんだよ……」
「夢……?」
もう自分語りを聞かされることに慣れている。またろくでもないことを語るのかと、私は軽く考えていた。
「澪がさ、他の男に逃げて行く夢を見たんだよ……幸人君って男に……」
「幸人……!?」
全く身構えていなかった私は我慢していた尿意が限界を迎えそうになった……コイツ一体何なの……どうして幸人の名前知ってんのよ……!探偵ごっこでもしているつもりかよ。
「あらまぁ……もしかして俺の正夢だった?」
「幸人なんて人知らないわ……正夢なわけないじゃない……!」
もし奴が幸人のことを知っているなら彼に何をするつもりなの?そもそも会社に出前攻撃したり、食べられたもんじゃない極甘べちゃべちゃケーキをメッセージ付きで送るくらいだから想像できない。そういえば私好きでいながら幸人の職業知らないじゃん……もしかして私は彼に対しての好きって想いを履き違えていたのかな?
コソコソ……
奴は運転中だから前方しか見ていない。私は隙を見て彼に逃げて!だけでもメッセージを送ろうとした。
ピッ……
「あっ……!」
「あぁ〜……これは正夢になっちゃいそうだよねぇ……そんなことしたら悲しいじゃん俺?」
「返して……」
「まぁまぁ怖がるなって……家着いたらゆっくりお話しよっか?」
ブーン……ギギギ……バフッ……
逃げられないまま奴の家に辿り着いてしまった。スマホを奪われて連絡手段を絶たれた私は奴に従うしかない。
ウィーン……
とりあえず言われた通りにしてスマホだけは奪い返そう……!部長か幸人に連絡すれば何とかなるはず……!そう考える私だったが、これから見せられるものに絶句することになる。
シャーー……
何やらシャワーの音が絶え間なく聞こえてくる。部屋に誰かいるの?周りをチラチラ見ていた次の瞬間
「んん……あぁ〜……!」
「何今の……!?」
突然男の喘ぎ声のようなのが聞こえた。それも痛がっているのではなく気持ち良さそうなやつ……耳を澄ませてさらに聞くと――
「はぁ……あっ……」
今度は女性の声……声が聞こえる方向はテーブルに置かれているBluetoothレコーダーのようなもの。徐々に声が激しくなっていく……まさかこれ!
「これって誰かやってる最中なの!?」
「勘が良いねぇ……」
ピッ……
超大画面の液晶テレビに映されているのはマットの上で奉仕する全裸の女性と、全裸の小太りな男……
「何なのこれ……」
ポタ……ポタ……
あまりの光景に尿意が爆発してしまう……同じ家の中、別の部屋でこんなプレイが行われているってことなの!?
「あぁ〜ごめんね……替えのパンツ用意してないんだよね」
そんなこと聞いてねぇよ……けどかなり我慢していたから靴下まで濡れた……それ以上に問題なのは、今日まで濃縮された愛で支配されただけでなく、私は奴に対する服従心が生まれてしまった。
「もう毎日さ……お客様の期待に応えなきゃいけなくて本当にしんどいんだよ……ところでさ、何でわざわざ君を太らせたかわかるかな?」
「そんなのあなたの趣味でしょ……」
「いや違うねぇ〜」
「……!?」
「最近の男ってねぇ……抱き心地の良い女の人が需要あるんだよ……!だから細身の君を太らせて、俺のとこで働いてもらうためだったのさ。君くらいの女性なら指名が集まるよ……」
まさか……最初から私は愛されていなかったってこと!?高いプレゼントを与えたり、高級なごはんばかりご馳走したのも、全部計画されていたってこと……!?
「俺は色んな女性を見てきたけどさ、君は誰よりも美しい……だから嬢としての君だけじゃもったいないんだよぉ!」
「はぁ……はぁ……!」
「君は俺だけのものにしてあげるよ……俺なしじゃ生きていけないくらいに……愛してあげるよぉ……!」
私の身体はとっくに力が抜けていた。
「はぁ~最高だったなぁ……!」
「また来てください……」
「また来るぜ……っておぉぉ!新しいコ入るのか?」
「はい……うまくいけば今日からでしたが、ちょっと明日とかになりそうです」
「そりゃ残念だ!まっ、次は指名しちゃうか!」
もう逃げられない……と誰もが思う状況だけど、私は絶対に諦めない……!私だけじゃなくて他の女性まで食いものにしていたなんて許せない……!この男は地獄に堕ちるべきよ!私はスマホがない中ポケットに何か入っていないかを探ったら……
「ん……?」
ズボンのポケットに何か入っている。レシート入れたままだったかな?
「ん……これ珈琲?余白?」
入っていたのは余白と書かれたドリップバッグの珈琲。余白ってお店の名前?私には一切記憶がない……こんなの役に立つの?でも飲んだら勇気が出るかもしれない。今の時間は正午……絶対アイツが不在になる瞬間があるはず……ここから私の、濃縮された支配愛からの脱出劇が始まる。
トポ……トポ……
「伶君!伶君!?」
「一命は取り留めましたが……まだ予断を許さない状況です……」
「ちくしょう……!」
タラ……ポタポタ……
「あっ……しまった……」
伶君のことが心配になって俺の心も余白が生まれたのか?手元が狂って珈琲を溢れさせてしまうとは……ダメだお客様には最高の1杯を飲んでもらわなきゃ。気をしっかり持っても酒を飲んだ直後のように手が震える。今日は事故の騒動があったせいで店は暇……早締めしようか?それより澪はどうしたんだ……今日突然会いたいなんてメッセージが来ていたけど、俺は嬉しくなっていいよと送ったが既読スルー。俺は割と細かくて神経質だ。悪いことがあるとまた悪いことを想像してしまう……だが!思いさえすれば運命は俺に味方してくれるようだ。
カランカラン!
「いらっしゃいませ。おふた……」
「2人だよ!早くしてくれよ!」
来た客はスーツ姿の強面2人。この一組でラストオーダーにするか。
「お客様、もう少し丁寧に座っていただけますか?」
「うるせぇな!俺は疲れてんだよ……!」
「あなたの大声を聞いているあちらのお客様が疲れてしまいます……」
お客様は神様であり俺が心を埋めてあげるべき存在だが、コイツらはお客様の余白を増やそうとしている。落ち着いてくれれば俺だって大事にはしない。
「ご馳走様!今日も美味かったよ!」
「ありがとうございます!」
ほら完食していないのに帰ってしまったではないか。
「お待たせしました、白夜と白雪です……」
「全くおせぇな!」
ゴク……
「って苦ッ……!?」
ドバッ……カランカラン……
白夜は苦み強めの余白ブレンドだが、味の本質も知らず砂糖をドバッとかけるのは愚の骨頂……だがこの程度で腹を立てる俺ではない。
「全く!裏風俗ビジネスは儲かって仕方ねぇな!」
「ホントだぜ……あの専務女引っ掛け回すのがうめぇよな!」
次々と吐露される証言。気づけば静かにサロンを外していた。
「今日の事故ったガキの母ちゃん……」
「おい……」
「あぁ~……?おめぇ何客に向か……」
ガシッ……
「ムグググ……!?」
「おいテメェ……!?」
俺は珈琲の味にこだわっているが、鍛錬にもこだわるタチでね。握力は通常でも70は出せる。
カラン……!ドサッ……!
「イッテェ〜……!何すんだよテメェ……?」
「テッメェ……!死ねゴラァ!」
ドガッ……!
「ウゥ……ごばぁ……!」
肘鉄だけで抱え込むほどダウンするとは……俺は男たちを見下ろすように――
「話してもらおうか……裏ピンクとか専務とかな……」
「待ってくれ!俺たちは雇われただけなんだ……!」
「俺たちギャンブルで借金作っちまったんだ……!」
「あんたたちの事情は聞いてない……」
店の前じゃ正直目立つ。早いとこ聞いてしまおう。
「さっき事故にあった子どものお母さんと言っていたな……もしかしてこの女性のことか!?」
俺が見せたのは伶君から受け取った美月さんの写真。
「確かこの顔だ!」
「そうか……じゃあこの女性を知っているか?」
澪のことも知っていればいいと思ったが――
「こ……の女の人は知らねぇ……ホントだ信じてくれ!」
澪のことは知らぬ存ぜぬか。だが美月さんの顔を知っているなら好都合だ。
「お代はけっこう!身分がわかるもの置いていけ……」
「わかりましたこれあげます!おい逃げるぞ……!」
「ひぃ……!」
ドッドッド……!
寒空の中立たせやがって……けど裏ピンク店で働かされる美月さんはもっと寒い。澪も寒い想いしていなければいいが……キスをした隙にこっそり忍ばせた珈琲。気づいて飲んでくれたら嬉しいな……
同刻。
「やっぱり予想通りだ」
「指名の数すごいですね……」
まだ1日経っていないの……?たった数時間のはずなのに短い時間が永遠に感じる。本当は教えたくないんだけど、既に5人の男を相手した。しかも全員避妊具なし……まっさらな裸を見せたいのは幸人だけなのに!幸人……幸人?もしかして……
「あ……」
スマホ以外に着ていた服も奪われちゃったんだけど、唯一与えられたバスローブにこっそりあの珈琲を忍ばせたの。そういえばなんだけど、橘は珈琲が嫌いで奴が入れたとは思えない。だとしたら考えられるのは幸人。だってズボン、ワイドパンツのポケットよ?私全く気づかずに太ももを触られたってこと?えぇ……ヤバい……でも待って、余白って確か奴と最初に待ち合わせしたお店の前だったような……私はそこで食べたこともなければ入ったこともなくてわからなかったけど、喫茶店かカフェであることはわかっていた。
「もしかして……」
何か彼の仕事わかっちゃったかも!わかったのはいいんだけど、小さな幸せを感じた程度では次に不幸が訪れる。
ペタ……ペタ……
「はぁ……ぁ……」
パタン……
「大丈夫ですか!?」
ペタペタペタ……!
「しっかりして……!」
遂に一人の女性がストレスの限界を迎えてしまった。石鹸以上に男のあれの匂いが強い……!
「息が荒い……!」
私にはもちろん過呼吸を起こした場合の対処などわからない……
コツ……コツ……
「美月ちゃんご苦労さま……お客様皆最高だったと言っていたよ……」
「橘ァ……!」
「何だよ澪、睨むなよ?今までそんな顔しなかったじゃないか……」
「うぅ……お願い!この人を助けて!お願いします……!」
奴に土下座するなんて死んでも嫌だった……けど今は一刻を争う事態!
「美月ちゃんに報告があったんだよ……聞かなくていいの?」
「そんなことどうでもいい!早く美月さんを……」
グリグリ……!
「イタタタ……!やめて……!」
遂に奴は私を身体的に攻撃した……裸足の足を靴の踵で踏みつけるなんて……!
「澪……悪いことはダメだよ……ねっ?」
チュ……
「うぅ……!?」
バタン……
「はぁ……はぁ……」
「美月ちゃん……君の息子君ね、さっき亡くなったみたいだよ」
「……!?」
「えぇっ……!?まさか、今日の事故ってこと……!?」
「一命は取り留めたみたいなんだけど、打ちどころが悪かったらしくてダメだったみたいだよ」
「いやぁ……いやぁ~……!」
「美月さん……!橘ァ……!」
「まぁお疲れさん……また明日もよろしくね……澪と美月ちゃん……」
コツコツ……
「クソッ……!私は何もできないの!?」
「……」
美月さんの表情は瞬きを忘れた能面のような顔。立ち去る橘はどこかへと電話をかける。
「はじめろ……」
今何て言ったの……?でもそんなこと気にしている暇はない……!そういえば
「そうだ。美月さん……珈琲って飲めますか?」
「……」
一切言葉を発しないけど首を小さく縦に振った。この1杯はとりあえず美月さんに飲んでもらおう。私が飲むのはおあずけ……必ず逃げて彼が作る1杯を飲めばいいだけの話だから。
「……」
結局私は幸人に連絡することもなければ来るはずもなく、毎回の休日はアイツに呼び出されて断る勇気もない私だが……なぜか知らないけど奴は黙ったまま。
ピーポーピーポー……!
「何かしら?近い……」
最初に待ち合わせした場所のすぐ近くに人が集まっている。事故?
「あぁ……何か中学生が轢かれたらしいよ」
「えぇっ!?可哀想に……」
「まぁ助からないんじゃないか……」
コイツマジで不幸なことばっかり言うな……!でも轢かれたってことは助かる可能性低いのかな?助かってほしいと祈るしかできない。それよりも今どこに向かっているの?方向的には奴の自宅なんだけど――
「澪……俺さ、この前すごく嫌な夢見たんだよ……」
「夢……?」
もう自分語りを聞かされることに慣れている。またろくでもないことを語るのかと、私は軽く考えていた。
「澪がさ、他の男に逃げて行く夢を見たんだよ……幸人君って男に……」
「幸人……!?」
全く身構えていなかった私は我慢していた尿意が限界を迎えそうになった……コイツ一体何なの……どうして幸人の名前知ってんのよ……!探偵ごっこでもしているつもりかよ。
「あらまぁ……もしかして俺の正夢だった?」
「幸人なんて人知らないわ……正夢なわけないじゃない……!」
もし奴が幸人のことを知っているなら彼に何をするつもりなの?そもそも会社に出前攻撃したり、食べられたもんじゃない極甘べちゃべちゃケーキをメッセージ付きで送るくらいだから想像できない。そういえば私好きでいながら幸人の職業知らないじゃん……もしかして私は彼に対しての好きって想いを履き違えていたのかな?
コソコソ……
奴は運転中だから前方しか見ていない。私は隙を見て彼に逃げて!だけでもメッセージを送ろうとした。
ピッ……
「あっ……!」
「あぁ〜……これは正夢になっちゃいそうだよねぇ……そんなことしたら悲しいじゃん俺?」
「返して……」
「まぁまぁ怖がるなって……家着いたらゆっくりお話しよっか?」
ブーン……ギギギ……バフッ……
逃げられないまま奴の家に辿り着いてしまった。スマホを奪われて連絡手段を絶たれた私は奴に従うしかない。
ウィーン……
とりあえず言われた通りにしてスマホだけは奪い返そう……!部長か幸人に連絡すれば何とかなるはず……!そう考える私だったが、これから見せられるものに絶句することになる。
シャーー……
何やらシャワーの音が絶え間なく聞こえてくる。部屋に誰かいるの?周りをチラチラ見ていた次の瞬間
「んん……あぁ〜……!」
「何今の……!?」
突然男の喘ぎ声のようなのが聞こえた。それも痛がっているのではなく気持ち良さそうなやつ……耳を澄ませてさらに聞くと――
「はぁ……あっ……」
今度は女性の声……声が聞こえる方向はテーブルに置かれているBluetoothレコーダーのようなもの。徐々に声が激しくなっていく……まさかこれ!
「これって誰かやってる最中なの!?」
「勘が良いねぇ……」
ピッ……
超大画面の液晶テレビに映されているのはマットの上で奉仕する全裸の女性と、全裸の小太りな男……
「何なのこれ……」
ポタ……ポタ……
あまりの光景に尿意が爆発してしまう……同じ家の中、別の部屋でこんなプレイが行われているってことなの!?
「あぁ〜ごめんね……替えのパンツ用意してないんだよね」
そんなこと聞いてねぇよ……けどかなり我慢していたから靴下まで濡れた……それ以上に問題なのは、今日まで濃縮された愛で支配されただけでなく、私は奴に対する服従心が生まれてしまった。
「もう毎日さ……お客様の期待に応えなきゃいけなくて本当にしんどいんだよ……ところでさ、何でわざわざ君を太らせたかわかるかな?」
「そんなのあなたの趣味でしょ……」
「いや違うねぇ〜」
「……!?」
「最近の男ってねぇ……抱き心地の良い女の人が需要あるんだよ……!だから細身の君を太らせて、俺のとこで働いてもらうためだったのさ。君くらいの女性なら指名が集まるよ……」
まさか……最初から私は愛されていなかったってこと!?高いプレゼントを与えたり、高級なごはんばかりご馳走したのも、全部計画されていたってこと……!?
「俺は色んな女性を見てきたけどさ、君は誰よりも美しい……だから嬢としての君だけじゃもったいないんだよぉ!」
「はぁ……はぁ……!」
「君は俺だけのものにしてあげるよ……俺なしじゃ生きていけないくらいに……愛してあげるよぉ……!」
私の身体はとっくに力が抜けていた。
「はぁ~最高だったなぁ……!」
「また来てください……」
「また来るぜ……っておぉぉ!新しいコ入るのか?」
「はい……うまくいけば今日からでしたが、ちょっと明日とかになりそうです」
「そりゃ残念だ!まっ、次は指名しちゃうか!」
もう逃げられない……と誰もが思う状況だけど、私は絶対に諦めない……!私だけじゃなくて他の女性まで食いものにしていたなんて許せない……!この男は地獄に堕ちるべきよ!私はスマホがない中ポケットに何か入っていないかを探ったら……
「ん……?」
ズボンのポケットに何か入っている。レシート入れたままだったかな?
「ん……これ珈琲?余白?」
入っていたのは余白と書かれたドリップバッグの珈琲。余白ってお店の名前?私には一切記憶がない……こんなの役に立つの?でも飲んだら勇気が出るかもしれない。今の時間は正午……絶対アイツが不在になる瞬間があるはず……ここから私の、濃縮された支配愛からの脱出劇が始まる。
トポ……トポ……
「伶君!伶君!?」
「一命は取り留めましたが……まだ予断を許さない状況です……」
「ちくしょう……!」
タラ……ポタポタ……
「あっ……しまった……」
伶君のことが心配になって俺の心も余白が生まれたのか?手元が狂って珈琲を溢れさせてしまうとは……ダメだお客様には最高の1杯を飲んでもらわなきゃ。気をしっかり持っても酒を飲んだ直後のように手が震える。今日は事故の騒動があったせいで店は暇……早締めしようか?それより澪はどうしたんだ……今日突然会いたいなんてメッセージが来ていたけど、俺は嬉しくなっていいよと送ったが既読スルー。俺は割と細かくて神経質だ。悪いことがあるとまた悪いことを想像してしまう……だが!思いさえすれば運命は俺に味方してくれるようだ。
カランカラン!
「いらっしゃいませ。おふた……」
「2人だよ!早くしてくれよ!」
来た客はスーツ姿の強面2人。この一組でラストオーダーにするか。
「お客様、もう少し丁寧に座っていただけますか?」
「うるせぇな!俺は疲れてんだよ……!」
「あなたの大声を聞いているあちらのお客様が疲れてしまいます……」
お客様は神様であり俺が心を埋めてあげるべき存在だが、コイツらはお客様の余白を増やそうとしている。落ち着いてくれれば俺だって大事にはしない。
「ご馳走様!今日も美味かったよ!」
「ありがとうございます!」
ほら完食していないのに帰ってしまったではないか。
「お待たせしました、白夜と白雪です……」
「全くおせぇな!」
ゴク……
「って苦ッ……!?」
ドバッ……カランカラン……
白夜は苦み強めの余白ブレンドだが、味の本質も知らず砂糖をドバッとかけるのは愚の骨頂……だがこの程度で腹を立てる俺ではない。
「全く!裏風俗ビジネスは儲かって仕方ねぇな!」
「ホントだぜ……あの専務女引っ掛け回すのがうめぇよな!」
次々と吐露される証言。気づけば静かにサロンを外していた。
「今日の事故ったガキの母ちゃん……」
「おい……」
「あぁ~……?おめぇ何客に向か……」
ガシッ……
「ムグググ……!?」
「おいテメェ……!?」
俺は珈琲の味にこだわっているが、鍛錬にもこだわるタチでね。握力は通常でも70は出せる。
カラン……!ドサッ……!
「イッテェ〜……!何すんだよテメェ……?」
「テッメェ……!死ねゴラァ!」
ドガッ……!
「ウゥ……ごばぁ……!」
肘鉄だけで抱え込むほどダウンするとは……俺は男たちを見下ろすように――
「話してもらおうか……裏ピンクとか専務とかな……」
「待ってくれ!俺たちは雇われただけなんだ……!」
「俺たちギャンブルで借金作っちまったんだ……!」
「あんたたちの事情は聞いてない……」
店の前じゃ正直目立つ。早いとこ聞いてしまおう。
「さっき事故にあった子どものお母さんと言っていたな……もしかしてこの女性のことか!?」
俺が見せたのは伶君から受け取った美月さんの写真。
「確かこの顔だ!」
「そうか……じゃあこの女性を知っているか?」
澪のことも知っていればいいと思ったが――
「こ……の女の人は知らねぇ……ホントだ信じてくれ!」
澪のことは知らぬ存ぜぬか。だが美月さんの顔を知っているなら好都合だ。
「お代はけっこう!身分がわかるもの置いていけ……」
「わかりましたこれあげます!おい逃げるぞ……!」
「ひぃ……!」
ドッドッド……!
寒空の中立たせやがって……けど裏ピンク店で働かされる美月さんはもっと寒い。澪も寒い想いしていなければいいが……キスをした隙にこっそり忍ばせた珈琲。気づいて飲んでくれたら嬉しいな……
同刻。
「やっぱり予想通りだ」
「指名の数すごいですね……」
まだ1日経っていないの……?たった数時間のはずなのに短い時間が永遠に感じる。本当は教えたくないんだけど、既に5人の男を相手した。しかも全員避妊具なし……まっさらな裸を見せたいのは幸人だけなのに!幸人……幸人?もしかして……
「あ……」
スマホ以外に着ていた服も奪われちゃったんだけど、唯一与えられたバスローブにこっそりあの珈琲を忍ばせたの。そういえばなんだけど、橘は珈琲が嫌いで奴が入れたとは思えない。だとしたら考えられるのは幸人。だってズボン、ワイドパンツのポケットよ?私全く気づかずに太ももを触られたってこと?えぇ……ヤバい……でも待って、余白って確か奴と最初に待ち合わせしたお店の前だったような……私はそこで食べたこともなければ入ったこともなくてわからなかったけど、喫茶店かカフェであることはわかっていた。
「もしかして……」
何か彼の仕事わかっちゃったかも!わかったのはいいんだけど、小さな幸せを感じた程度では次に不幸が訪れる。
ペタ……ペタ……
「はぁ……ぁ……」
パタン……
「大丈夫ですか!?」
ペタペタペタ……!
「しっかりして……!」
遂に一人の女性がストレスの限界を迎えてしまった。石鹸以上に男のあれの匂いが強い……!
「息が荒い……!」
私にはもちろん過呼吸を起こした場合の対処などわからない……
コツ……コツ……
「美月ちゃんご苦労さま……お客様皆最高だったと言っていたよ……」
「橘ァ……!」
「何だよ澪、睨むなよ?今までそんな顔しなかったじゃないか……」
「うぅ……お願い!この人を助けて!お願いします……!」
奴に土下座するなんて死んでも嫌だった……けど今は一刻を争う事態!
「美月ちゃんに報告があったんだよ……聞かなくていいの?」
「そんなことどうでもいい!早く美月さんを……」
グリグリ……!
「イタタタ……!やめて……!」
遂に奴は私を身体的に攻撃した……裸足の足を靴の踵で踏みつけるなんて……!
「澪……悪いことはダメだよ……ねっ?」
チュ……
「うぅ……!?」
バタン……
「はぁ……はぁ……」
「美月ちゃん……君の息子君ね、さっき亡くなったみたいだよ」
「……!?」
「えぇっ……!?まさか、今日の事故ってこと……!?」
「一命は取り留めたみたいなんだけど、打ちどころが悪かったらしくてダメだったみたいだよ」
「いやぁ……いやぁ~……!」
「美月さん……!橘ァ……!」
「まぁお疲れさん……また明日もよろしくね……澪と美月ちゃん……」
コツコツ……
「クソッ……!私は何もできないの!?」
「……」
美月さんの表情は瞬きを忘れた能面のような顔。立ち去る橘はどこかへと電話をかける。
「はじめろ……」
今何て言ったの……?でもそんなこと気にしている暇はない……!そういえば
「そうだ。美月さん……珈琲って飲めますか?」
「……」
一切言葉を発しないけど首を小さく縦に振った。この1杯はとりあえず美月さんに飲んでもらおう。私が飲むのはおあずけ……必ず逃げて彼が作る1杯を飲めばいいだけの話だから。