あの人が来ると、空気が変わる―正論では、人は動かない―

■第7話 ちゃんとさせることが、正しいんですか?

教室。

ガヤガヤとした声が響いている。

椅子は引かれ、机はバラバラ。

立ち歩く子。
話している子。
笑っている子。

まとまりがない。

「…ねえ」

教室の前に立つ恒一が、声を出す。

「ちょっと聞いて」

何人かが振り向く。

でも、

すぐにまたそれぞれの会話に戻る。

「今から、決めるからさ」

声を少し強くする。

「ちゃんと座って――」

「うるさ」

後ろの方から、声が飛ぶ。

「別にいいやん」

「なんで仕切ってんの?」

笑い声。

教室の空気が、ざわつく。

――なんで。

ちゃんとやろうとしてるだけなのに。

「先生に言われたからやってるだけやし」

誰かが言う。

その言葉に、さらに空気が崩れる。

――ダメだ。

まとまらない。

ふと横を見る。

担任は、少し離れたところで見ているだけだった。

助けてくれない。

――なんで。

心の中で、イライラが膨らむ。

「ちゃんとしろよ!」

思わず強く言ってしまう。

その瞬間、

空気が一気に冷えた。

シーン、と静かになる。

でもそれは、

“聞こうとしてる静けさ”じゃない。

――怖がってるだけ。

目を逸らす子。

黙る子。

さっきまで騒いでいたのに、

今は誰も何も言わない。

――これじゃダメだ。

わかってるのに。

どうしたらいいか、分からない。

その時だった。

「ちょっといい?」

聞き覚えのある声。

振り向くと、教室の後ろに、あの女性が立っていた。

「……」

恒一は何も言えない。

女性は、教室を一度見渡す。

「今のさ」

静かに言う。

「静かにはなったね」

誰も動かない。

「でもさ」

一歩、前に出る。

「それ、“聞こうとしてる静かさ”じゃないよね」

――。

言葉が刺さる。

「怖いから、黙ってるだけ」

誰も否定できない。

女性は、恒一の方を見る。

「なんで静かにさせたかったの?」

「…ちゃんと決めないといけないから」

「じゃあ」

少し首をかしげる。

「“静かにすること”が目的?」

――違う。

でも、

言葉にできない。

「ねえ」

女性は、少しだけ笑った。

「みんなで決めるってさ」

教室全体を見る。

「みんなが同じこと考えてる状態のことだよ」

空気が、少しだけ変わる。

「今のみんな、同じこと考えてる?」

誰も答えない。

「考えてないよね」

静かに言い切る。

「ただ、それぞれ好きなことしてるか」

一拍置いて、

「怒られて止まってるか」

教室の空気が、少しだけ揺れる。

「どっちも、“一緒に決めてる”じゃない」

――あ。

恒一の中で、何かが繋がる。

女性は、少しだけ後ろに下がる。

「じゃあどうするか」

みんなを見る。

「まず、自分が何したいか考えてみて」

ざわっと小さく空気が動く。

「できるかどうかじゃなくて、“やりたいこと”」

その言葉で、

少しずつ顔が上がる。

「で、それを一人一個、言う」

シンプルだった。

でも、

さっきまでとは全然違う。

「じゃあ…」

誰かがぽつりと声を出す。

「外で遊びたい」

「ゲーム系もいいやん」

「みんなでできるやつならいいかも」

少しずつ、

言葉が出てくる。

さっきまでバラバラだったのに、

今は、

同じ方向を見ている感じがした。

恒一は、その様子を見ていた。

――あぁ。

静かにするんじゃなくて、

揃えるんだ。

「…一回さ」

自然と口が動く。

「みんなの案、出しきろう」

さっきとは違う声。

誰も否定しない。

「その中から決めよう」

うなずく子が増える。

教室の空気が、変わる。

女性は、その様子を見て、ふっと笑った。

「ね?」

その一言だけ。

気づいた時には、

もう姿はなかった。

でも、

さっきまでとは全く違う空気が、

教室に流れていた。
< 8 / 13 >

この作品をシェア

pagetop