友達以上恋人未満

嫉妬

嫉妬

龍太郎の心は複雑に絡み合っていた。
「今。月に二度。食事を楽しんでいる男友達がいるんです」
純子は、まるで世間話でもするように穏やかに言った。しかし、その一言は、龍太郎の胸の奥に静かに沈んでいく鉛のようだった。
「へえ……そうなんだ」
平静を装って答えたものの、自分の声がわずかに掠れているのがわかった。コンビニ前の小さな喫茶店。窓際の席。コーヒーカップから立ち上る湯気が、二人の間をぼんやりと曇らせている。龍太郎は無意識にスプーンを回していた。カチャ…カチャ…という乾いた音だけが妙に耳につく。なぜ、こんなに心がざわつくのだろう。純子とは、まだ始まってもいない。ただ数回会い、言葉を交わし、少しずつ距離が近づいているだけだ。恋人でもない。束縛する資格など、どこにもない。それでも胸の奥に、小さな黒い感情が広がっていく。どんな男なんだろう。年上か。同年代か。自分より話が上手いのか。車は何に乗っている。仕事は。
収入は。純子は、その男の前で、どんな顔をして笑うのだろう。そんなことばかり考えてしまう自分が、情けなかった。純子はコーヒーを一口飲むと、ふっと微笑んだ。
「でも、その人といると複雑な気持ちなんです。恋愛って感じじゃなくて」
その言葉に、龍太郎の心は少しだけ軽くなる。しかし同時に、自分がその“楽な存在”になれているのか、不安にもなった。
「龍太郎さんって、感情が顔に出やすいですよね」
純子がくすっと笑った。
「え?」
「今、ちょっと嫉妬しました?」
図星だった。龍太郎は視線を窓の外へ逃がした。夕暮れの道路を、赤い軽自動車が通り過ぎていく。その赤色が、一瞬だけ真子の記憶を呼び起こした。過去の恋愛の傷と、今目の前にいる純子への感情が、胸の中で静かにぶつかり合っていた。
「……してないよ」
そう答えた声だけが、妙に子供っぽく聞こえた。

部屋へ戻った龍太郎は、静かにパソコンの電源を入れた。蛍光灯の白い光だけが、六畳の部屋を照らしている。窓の外では、遠くを走る車の音がかすかに聞こえた。机の横には、飲みかけの缶コーヒーと、積み重なったノート。新聞配達で疲れた身体を椅子に沈めながらも、龍太郎の指は自然とキーボードへ伸びていく。
今日の出来事を、一行ずつ打ち込んだ。真子のこと。
純子のこと。胸の奥に残った嫉妬。帰り際の沈黙。そして、自分でも説明できない感情の揺れ。文字にすると、少しだけ整理される気がした。保存フォルダを開くと、そこには無数のタイトルが並んでいた。
『オーディション』
『還暦〜地獄のラブストーリー』
『令和の歌姫』
『三年先のプロポーズ』
『不思議な彼女』——。
気づけば原稿用紙換算で千枚を超えていた。十五作品。どれも未完成で、どれも自分自身の分身のようだった。龍太郎は、しばらく画面を見つめた。
「俺は……何を書こうとしてるんだろうな」
誰に読まれる保証もない。映画化される保証もない。noteに載せても反応はわずかかもしれない。それでも、書いている間だけは、自分がこの世界と繋がっている気がした。龍太郎は深く息を吐き、新しいページを開いた。カーソルが点滅する。静かな部屋の中で、その光だけが小さく脈を打っていた。そしてキーボードを叩く。「純子編」打ち込まれた四文字を見た瞬間、不思議と胸がざわついた。真子とは違う。だが、どこか似ている。優しさと距離感。現実的なのに、時折、心の奥へ踏み込んでくる女性。龍太郎は指を止めた。
純子は、自分を救う女なのか。それとも、さらに迷わせる女なのか。カーソルが静かに点滅している。
まるで、「続きを書け」と急かすように。
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