遅かれ、早かれ、恋になりまして。
誰もいないオフィスの静けさの中で、スマホを握りしめたまま時間だけが過ぎていく。さっきの通話から数分しか経っていないはずなのに、体感ではもっと長い。
時計の秒針の音がやけに耳につく、そのときだった。
着信音が鳴る。画面を見ると、有馬千春。
「……っ」
心臓が跳ねて、すぐに通話ボタンを押す。
「は、はい……明石です」
「今、エントランスついたんですけど」
「え……もう、ですか?」
「はい」
とっくに就業時間は過ぎている。ビルのセキュリティも夜間モードに入っていて、外部の人はそのままでは入れない。
「すぐ行きます!」
慌てて椅子から立ち上がり、フロアを飛び出した。エレベーターで降りる時間がやけに長く感じる。
胸の奥が落ち着かないまま、エントランスのガラス扉の向こうを見た瞬間、息が止まった。
有馬さんが立っていた。スーツのまま。ネクタイは少し緩んでいて、額にはうっすら汗が滲んでいる。走ってきたのか、と思うくらい、いつもより少しだけ呼吸が深い。
「……有馬さん……っすみません、こんな時間に呼び出してしまって……!」
頭を下げると、有馬さんは一瞬だけ私を見て、それから小さく息を吐いた。
「大丈夫です。俺もちょうど残業してたところなので。とりあえず中、入れますか」
「あ、はい……こちらです」
私は慌てて先導しながら、再びビルの中へ戻る。エレベーターに乗り、静かなフロアへ戻る間も、有馬さんに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
自分の席に戻ると、まだ開きっぱなしの資料が画面に映っている。