遅かれ、早かれ、恋になりまして。
『邪魔したら悪いし、今日はもういいよ!私もう電車乗っちゃった!』
「え?」
『どうせ遅いし、そのまま送ってもらいな!また今度ちゃんと話聞かせてもらうから!』
「いや、送るとかそういう話じゃ——」
『じゃ、ごゆっくり〜!』
「ちょ、佳奈子!?」
一方的に通話が切れる。 静まり返ったフロアに、無情な通話終了音だけが残った。
「………。」
終わった。 別の意味で終わった。 恐る恐る顔を上げると、有馬さんがこちらを見ていた。
「大丈夫ですか?」
有馬さんの手には、まとめられた資料。カチコチと時計の音が無駄に大きく響いて、それに混ざるみたいに自分の心臓の音がどんどん速くなっていくのが分かる。
「……たぶん、大丈夫じゃないです……」
あぁ、もう、どうしよう。大丈夫じゃない。なにも大丈夫じゃない。さっきまで仕事のことで必死だったのに、今は全然違う方向で頭が回らない。
落ち着いてやっと分かる。今ここには、私と有馬さんしかいない。
「あ…と…」
声を出そうとしても続かない。何を言えばいいのか分からない。どうすればいいんだろう。さっき佳奈子が言っていた言葉が、不意に頭の中で蘇る。“そのまま送ってもらいな!”
……いやいやいや、それは違う。違うはずだ。呼び出して、助けてもらって、その上で送ってもらうなんて、そんなの完全に迷惑だ。だめだ。冷静に考えれば考えるほど、そういう選択肢は消えていく。
一人で帰るなんていつものことだし、夜遅い帰宅だって別に珍しくない。それなのに、今さら誰かに頼るなんて甘えすぎだ。ましてや有馬さんに。仕事の関係で、たまたま助けてもらっただけの人に。
……そう思うのに。
…離れなきゃいけないって分かってるのに、まだ少しだけ、この空気の中にいたいなんて思ってしまう。まだ帰りたくない。まだ一緒にいたい。
そんな自分が一番嫌だった。
いやだ。これ以上、ダメな私を見せたくない。