遅かれ、早かれ、恋になりまして。

できるだけ有馬さんのほうを見ないようにしながら、ひたすら無心でいた。

会話は、電車が私のアパートの最寄り駅についたときの「ここで降ります」「わかりました」たったそれだけだった。アパートまでの道も、並んで歩いているのに、ほとんど音がないような気がした。


「アパート、ここです」


立ち止まった瞬間、空気が変わったのが分かった。
ここで終わるんだ、と。

……もう、有馬さんが帰ってしまう。


「じゃあ、俺はこれで」


いつもと同じ声。いつもと同じ距離感。仕事のときの、有馬さんの声だ。

私は、今までもこれからもずっと、きっとこの声しか知らない。

仕事以外の有馬さんなんて、私は何も知らない。



……それはきっと、私自身もそうである限り。


そう思った瞬間、勝手に足が動いていた。振り向いて行ってしまいそうになるその背中を、気づいたらスーツの袖を掴んでいた。


「明石さん?」

「いや……です」

「え?」


掴んだ袖を放せないまま、声だけが震えて落ちる。

自分でも何を言っているのか分からない。ただ、もう止められなかった。


私に見せる、その仕事の顔がいや。
事務的な会話がいや。

営業の、無理して作るようなその表情だって、声色だって、一定の距離を保つところだって、優しくされるのだって、全部全部、いやだった。
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