遅かれ、早かれ、恋になりまして。
「…っ、だって」
喉の奥がひどく乾いていて、声が思ったように出ない。言いたいことがあるのに、言葉にした瞬間に全部壊れてしまいそうで、ただ視線だけが揺れる。
「だめだよ。いくら俺でも。だめ」
その声は静かなのに、妙に強くて、それ以上踏み込ませない線を引かれたみたいだった。
なのに、そのだめが優しすぎて、余計に混乱する。だめって言いながら、突き放してない。どうしてそんな言い方するの。逃げ道を残すみたいな言い方をするの。
心の中で何かがぐちゃぐちゃになっていく。助けてほしいのか、壊してほしいのか、それともただこのまま見ていてほしいのか、自分でも分からない。
「もし俺がここで手を出したら、どうするの」
その一言で、頭の中が真っ白になるはずだったのに、なぜか逆にいろんな想像が一気に溢れた。
もし、って何。手を出すって何。そんなの、普通なら怖いはずなのに。なのに、心のどこかが勝手に反応してしまう。
「…そ、れは」
それはそれでいいです、なんて、口に出しかけて、喉の奥で止める。
私はいったい何を望んでるの。
助けてほしくないのに、近づきたい。離れたいのに、離れたくない。こんな気持ち、今まで知らなかった。
「じゃあ、もう行きますね」
その声で一気に現実に引き戻される。
「…は、い。今日は、本当にありがとうございました」
これで終わりにしなきゃいけないって、頭では分かってる。
「こちらこそ」
今度こそ背を向ける有馬さんの後ろ姿を見て、勝手に心の中で叫んでいる。
行かないでって言ったらどうなるんだろう。
「お、おやすみなさい」
小さく絞り出すと、有馬さんから「おやすみ」と返ってくる。
もう見えなくなった背中を見つめながら、私はその場に立ち尽くしたまま動けなかった。