遅かれ、早かれ、恋になりまして。

キーボードに手を置いたまま、私は一度だけ目を伏せる。

金曜の夜、電話をかけた自分の指先を思い出す。
迷いながら、それでも押してしまった発信ボタン。

あのときの判断は、仕事として正しかった。

でも——

それ以上考えそうになって、私は無理やり思考を止めた。

数字は動いている。問題はない。

画面の数字は今のところ綺麗に流れている。クリック率も、遷移も、問題ない。むしろ良いくらいだ。でもそれが逆に落ち着かない。うまくいっているものほど、どこかで崩れる瞬間を想像してしまう。


「ここ、前回よりCVいいね」

「はい。初動の広告クリエイティブが効いていると思います」

「このまま維持できそう?」

「……維持、できれば一番いいんですけど」


言いながら、自分でも曖昧な返事だと思う。

維持。そんな簡単な言葉で片付けていいものじゃないのは分かっている。配信は生き物みたいなもので、最初の数時間が良くても、その後急に落ちることなんて珍しくない。


「まぁ、ここからだね」


課長はそれだけ言って、自分の席に戻っていった。その背中を見送りながら、私はもう一度画面に目を戻す。数字はまだ安定している。むしろ順調すぎるくらいに見える。それなのに、安心できない。

視線をスクロールに合わせながら、私は無意識に呼吸を浅くしていた。


「先輩、そんなに見てても変わらないっすよ」


八木くんが、また軽い声で言う。


「変わる前に気づくのが仕事なの」

「へー、職人ですね」


職人じゃない。ただ怖いだけだ。失敗するのが。あの夜みたいに、誰かに頼らないとどうにもならない状況になるのが。そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ重くなる。

あのとき助けてくれた人の顔が、不意に浮かびそうになって、私は慌てて画面に意識を戻した。

今は仕事中だ。余計なことを考える時間じゃない。数字はまだ動いている。問題ない。問題ないはずだ。でも、どこかでずっと、落ち着かないままだった。
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