遅かれ、早かれ、恋になりまして。
仕事中は、思っていたよりも普通に時間が過ぎていった。
朝の電車で感じていたあの引っかかりも、机に向かって数字を見ているうちに薄れていく。
CTR、CPA、LPの流入、特に大きな崩れはない。むしろ昨日より少し安定しているくらいで、こういう日は逆に気が抜けない。
「先輩、このあと一緒に昼食べに行きません?」
「ん~?」
私は八木くんのほうを見ずに、画面を注視したまま適当に返事をする。グラフの線が妙に整って見えて、逆に不自然にすら思える。
「先輩。俺の話聞いてください」
ガタッと椅子が鳴る音がして、八木くんが立ち上がった気配が背中越しに伝わってくる。
まって、八木くん。今いいところなの。
数字がちょうど安定に乗っているこのタイミングは、むしろ目を離したくない時間帯なんだけど。
そう思いながらも口には出せずにいると、八木くんがそのまま私のデスクの横まで移動してくる気配がした。
それでも私は画面から目を離さない。
すると次の瞬間、はら、と落ちてきた横髪を耳にかけられた。
無意識に乱れていた髪が整えられる感覚と同時に、私の耳に直接触れる指先の温度が伝わる。
「…っ!?」
一瞬で頭が真っ白になる。何が起きたのか理解するより先に、身体のほうが勝手に反応して、思わず振り返ってしまった。
そこには、ムッとした表情で立っている八木くん。
眉間にしっかり皺が寄っていて、明らかに不満そうな顔をしている。
「ごめんね、八木くん。何か言った?」
慌ててそう聞くけれど、八木くんはむしろさらにムッとした表情になる。
ま、まずい…。
いつも犬みたい~!なんて軽く思ってるから、ここまであからさまに不機嫌な態度を見せられるのは初めてだ…。