遅かれ、早かれ、恋になりまして。

「やっぱり聞いてないじゃないですか」


低めの声でそう返されて、一瞬言葉が詰まる。


「ごめんごめんっ!もう一回言ってもらっていーい?」


とっさに両手を顔の前で合わせて謝る。すると八木くんは、はあ、と大きくため息をついて、わざとらしく椅子に座り直した。その動作のあと、ちら、とこちらの顔を確認するように視線を向けてくる。


「このあと、どっか連れてってください」

「あ、そうだね。ごはん連れてく約束したもんね」


そこでようやく思い出した。

あ、やばい。完全に忘れてた。この前、たしか今度お礼にごはん行こうみたいな流れで軽く約束しちゃったんだった。

仕事のバタバタと数字とLPと有馬さんのこと(これは言い訳)で、すっかり頭から抜けていた。

え、これ怒ってるやつかな?


「……八木くん、怒ってる?」


恐る恐る下から覗き込むように顔を向けると、八木くんは一瞬だけ間を置いてから、ふっと笑った。さっきまでのムッとした顔が少しだけほどける。


「怒ってませんよ。今日、行ってくれるならチャラにします」

「う、うん!じゃあ、このあとね!」


よかった~~!

心の中で思い切り肩の力が抜ける。八木くん、機嫌悪くなる拗ねちゃうんだもん。でも今はとりあえずセーフ。ほっとしてもう一度八木くんを見ると、さっきまで結ばれていた唇がほんの少しだけ緩んでいるのが分かった。

あ、戻った。こういうところ、ほんと犬みたいだ。


「かわいいね~八木くん」


疲れも相まって、今はとにかく癒しが欲しい気分だった。思わず、わしゃわしゃと八木くんの頭を撫でる。


「ちょっ、もうなんなんですか!」

「あはは」


不思議だ。いつもは頼りになる後輩くんで、仕事のときは意外と鋭いところもあるのに、こうしているとやっぱり年下なんだなぁって思ってしまう。
< 126 / 175 >

この作品をシェア

pagetop