遅かれ、早かれ、恋になりまして。

まだ少し震えている指先を、八木くんから隠すみたいに背中の後ろでぎゅっと握る。

落ち着けって思うのに、さっきの声がまだ耳の奥に残っていて、変に意識が戻ってきてしまう。


「……先輩、なんだか嬉しそうですね」

「……えっ!?」


そんなことない!と必死に否定したけれど、じっと見つめてくる八木くんの視線に耐えられなくて、私はふいっと目を逸らした。

もう、そんなところまで気づかなくていいのに!

自分でも分からないようにしてるのに、なんで八木くんはこういう変化だけ妙に鋭いんだろう。


「ムカつくので、これから先電話来ても先輩はいないってことにします」

「えっ!?どういうこと!?」


ちょっと八木くん!?それ普通に困るんだけど!?

仕事的にもだめだし、というかその言い方、完全に拗ねてるよね!?

頭の中でツッコミが渋滞している間にも、八木くんはどこか不満そうな顔のまま、ふいに視線を外した。
と思った次の瞬間、


「あ、昼だ。先輩行きましょ」


さっきまでの空気をなかったみたいに切り替えた声が飛んでくる。そのまま私の袖を軽く引いて、八木くんは私の腕時計を確認した。
12時ぴったり。うわ、ちゃんとしてる。ブレない。仕事中は適当に見えることもあるのに、こういうところだけ妙にきっちりしてるんだよなぁ。


「行くって、どこに?」

「さっき言いましたよね?ご飯、連れてってくれるんじゃないんですか」

「あ、そうだった!そうだね、行こう!」


慌てて立ち上がりながら返すと、八木くんは「忘れてたくせに」とでも言いたげな顔でこちらを見る。

うっ、図星。

機嫌が悪いと思えば、こうして急によくなったり、かと思えばまた不機嫌になったり。感情の切り替わりが忙しい。
犬というか、これは最早、猫だ、猫。

私は先に歩き始めた八木くんの大きな背中を見ながら、はあ、と小さくため息をついた。
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