遅かれ、早かれ、恋になりまして。
その沈黙の間に、不意にある言葉を思い出す。ずっと胸の奥に残ってる言葉。有馬さんに言われた言葉だった。
『でもそれって、悪いことじゃないと思います』
その時のことを、今でもよく覚えてる。
その言葉が、ずっと離れない。こびりつくみたいに心の奥に残ってる。だから私は、こんな自分を完全には否定できなかった。
有馬さんが認めてくれたから。悪いことじゃないって言ってくれたから。
「先輩、今日はもうやめません?」
不意に落ちてきたその言葉に、私は思わず瞬きをした。
「え?」
聞き返すと、八木くんは私のパソコン画面を見たまま、小さく息を吐く。
「俺でも手伝えることあったら、明日やるんで」
私は首を傾げながら八木くんを見る。
「八木くん、どうしたの?」
そう聞くと、八木くんは画面に向けていた視線をすっと床へ落とした。少しだけ言いにくそうに口を閉じて、それからぽつりと呟く。
「一緒に帰りません?もう遅いし」
遅いと言っても、まだ18時前。本当に残業が長い日なんて、23時を過ぎることだって普通にある。だから余計に、その言葉が不思議だった。
こんなふうに引き止めるみたいなこと、八木くん今まで一度も言ったことないのに。むしろ普段は、自分の仕事が終わったら「お先です」って静かに帰るタイプだ。それなのに今日は、なんだか駄々をこねる男の子みたいで、少しだけ可笑しくなる。
「ふふ、なにそれ」
笑いながら言うと、八木くんは困ったように眉を寄せた。
「笑い事じゃないです」
「え」
「……俺、これでも結構心配してるんですよ、先輩のこと」
「心配?」
聞き返す声が少しだけ弱くなる。八木くんは視線を逸らしたまま、小さく頷いた。