遅かれ、早かれ、恋になりまして。

「一回倒れたことあるじゃないですか。それから、また倒れたらどうしようって普通に怖いです」

「……。」


……何も言えなかった。そんなふうに思わせてたなんて、考えもしなかったから。自分では、頑張ってるだけのつもりだった。でもその裏で、心配させて、不安にさせていたんだ。


「なので、今日はもう仕事辞めて一緒に帰りません?」


私はゆっくり視線を落とした。画面の横に貼られた大量の付箋。終わってないタスク。気になること。やらなきゃって思うこと。
……でも。こうしてまた、誰かに心配をかけるくらいなら。そこまでして抱え込むのは、違うのかもしれない。


少し暗い表情をした八木くんを見て、私は慌てるみたいにパソコンの電源を落とした。黒くなっていく画面を見つめながら、自分でも驚くくらい素直に「帰ろう」と思っていることに気づく。たぶん、八木くんのあんな顔をこれ以上させたくなかったんだと思う。

私は急いでデスクの上を片付け始めた。散らばったペンをペン立てに戻して、貼りっぱなしだった付箋を軽く整える。バッグに資料をしまいながら、できるだけ明るい声を作った。


「八木くんの言う通り、今日は帰ることにする。そういえば、19時から見たいテレビ番組あったの忘れてたし」


わざとらしくならないように笑ってそう言う。本当は、そんな番組なんてない。ただ、これならきっと、八木くんも余計な気を遣わなくて済む。私のせいで、いらないところまで気を回させてしまったから。胸の中には、申し訳なさと、でもそれ以上に、ありがとうっていう気持ちが溢れていた。

誰かが自分のことをこんなふうに気にかけてくれるなんて、思ってなかったから。


「……すみません」

「え?なんで八木くんが謝るの」

「なんか、無理やり帰らせたみたいになったんで」


少しだけ気まずそうに目を逸らしながらそう言う姿に、思わず笑ってしまう。本当に真面目だな、この子。


「こちらこそ、だよ。心配してくれてありがとう」


私はバッグを肩にかけながら笑い返した。
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