遅かれ、早かれ、恋になりまして。

「有馬さんは…どこにいてもあんな感じですか?」


気づけば、そんなことを聞いていた。田辺さんは一瞬きょとんとした顔をして、「ああ」と小さく声を漏らす。それから、有馬さんのほうへ視線を向けた。

つられるように私も見る。営業用の顔。今、有馬さんが浮かべてる笑顔って、私が電車で見かけた時の顔とは違う。もっと爽やかで、もっと人当たりが良くて、声のトーンも少し高い。営業として完璧な顔。

――あの夜に見た顔とも違う。低くて、少し掠れた声。思い出した瞬間、胸の奥が熱くなる。


「会社では全然違いますよ。鉄壁って感じで、正直近寄りがたいんで。女性社員は遠くから見てるって感じですね」


田辺さんは苦笑いしながら枝豆をつまむ。いつも営業用の顔だったらいいのにー、と冗談っぽく付け足した。その瞬間、ドクン、と胸が大きく鳴った。自分でもわかるくらい、一気に体温が上がる。

だって、私は知ってるから。営業用じゃない顔を。ふとした瞬間に見せる、柔らかい表情を。

最初は私も、近寄りがたい人だと思ってた。綺麗すぎるくらい整った顔に、隙のない仕事ぶり。正直、自分とは住む世界が違う人みたいだった。でも、一緒に仕事をするようになって、全然違うって知った。

困ってたらちゃんと気づいてくれるし、説明も丁寧だし、誰かのフォローを当たり前みたいにやる。しかも、それを恩着せがましくしない。人一倍優しくて、面倒見が良くて。たまに、びっくりするくらい優しい顔で笑う。その顔を見るたび、胸が苦しくなる。

でももし。もしあの顔が、私にだけ向けられてるものだったら――。


「有馬さんと仕事するようになってから、先輩明らかに仕事楽しそうですよね」


突然、隣の八木くんがそんなことを言った。


「えっ!?」


びっくりして振り向くと、八木くんは小皿に焼き鳥を取り分けながら、何でもないことみたいに続けた。


「妥協、しなくなったというか」


……たしかに。言われてみれば、そうかもしれない。

今までは、このくらいでいいかってどこかで線を引いてたこともあった。でも今は違う。有馬さんに頼られたい。ちゃんと戦力だって思われたい。隣に立っても恥ずかしくないくらいになりたい。有馬さんみたいになりたい。

その気持ちが、ずっと胸の奥にある。だから今回は絶対妥協したくないって、自然と思うようになっていた。


「営業のいいところでもありますよね」


田辺さんはそう言って笑う。


「誰かに引っ張られて、自分も変われるというか」


その言葉に、私は小さく頷きながら、もう一度有馬さんのほうを見た。

遠い席で笑ってる横顔。きっと今の私は、あの人に出会う前には戻れない。そんな気がした。
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