遅かれ、早かれ、恋になりまして。
田島さんと田辺さんは、「じゃあお疲れさまでしたー」と言いながら駅とは反対方向へ歩いていく。そういえば田辺さん、ここから家近いって言ってたっけ。2人の背中がだんだん遠ざかっていく。
静かになる。さっきまであんなに賑やかだったのに、急に夜の音だけが耳に入ってきた。車の走る音。遠くで聞こえる笑い声。風の音。
そして隣に、有馬さんがいる。ふたりきり。その事実を認識した瞬間、一気に酔いが回ったみたいに心臓が熱くなる。どうしよう。送ってもらうなんて言ったくせに、急に緊張してきた。何話せばいいんだろう。変な沈黙になったらどうしよう。
「……じゃあ、行きますか」
少し低い声が隣から落ちてきて、私は小さく頷いた。並んで歩き出す。たったそれだけなのに、胸が苦しいくらい嬉しかった。
「簡単に、送ってもらうとか言うの、だめですよ」
歩き出して少ししてから、有馬さんがぽつりとそう言った。
「この前もそんな話しましたよね」
低くて落ち着いた声。さっき店の中で聞いていた営業用の声とは違う。少しだけ素っ気なくて、でもちゃんと熱がある声。ああ、これ。私、この声好きなんだ。怒られてるのに、そんなことを思ってしまう自分がどうかしてる。
「すみません」
口ではそう言いながら、全然反省なんてできていなかった。むしろ嬉しい。有馬さんが今見せてるのは、仕事用の顔じゃない。誰にでも向ける笑顔じゃない。少なくとも今は、ちゃんと私に向けて話してる。そのことが、胸の奥をじわじわ熱くしていく。
「有馬さん、私今日楽しみにしてたんですよ」
気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。有馬さんが少しだけ目を丸くする。
久しぶりだったから。ちゃんと会うの。最近、電車でも全然会えなかった。あの日以降、電話だって一回だけ。だから今日、ずっと楽しみにしてた。会えるって思っただけで、一日中落ち着かなかったくらいなのに。