遅かれ、早かれ、恋になりまして。
「それなのに、ずっと課長と田島さんと話してばかりで……」
拗ねたみたいな言い方になってしまって、自分でも子どもっぽいと思う。でももう止められなかった。有馬さんは一瞬黙ったあと、「ははは」と声を漏らして笑う。
「……何がそんなに面白いんですか」
むっとして見上げる。でも有馬さんは珍しく、本当に楽しそうに笑っていた。作った笑顔じゃない。営業用の顔じゃない。少し目尻を下げて、肩の力を抜いて笑う顔。そんな顔、普段絶対見せないくせに。ずるい。
「……田辺さんに聞きましたよ」
私がそう言うと、有馬さんは「何をですか」と笑い混じりに返す。
「会社だと、鉄壁なんですよね。近寄りがたいって、言ってました」
夜風が吹く。真ん中で分かれた前髪が揺れて、有馬さんは少しだけ視線を逸らした。
「……まあ、否定はできないですね」
私は知ってる。ほんとはそんな人じゃないって。優しいし、ちゃんと周りを見てるし、誰より面倒見がいいって。
「……まだ、帰りたくないです」
アルコールのせいだ。絶対。酔ってるから、こんなこと言える。
言いたいことはまだ山ほどある。聞きたいこともいっぱいある。でも、その中で今一番強かった気持ちだけは、ちゃんと言葉になった。
帰りたくない。まだ一緒にいたい。
有馬さんは少しだけ目を細めて、私を見る。夜の街灯が、その瞳に淡く映っていた。数秒の沈黙。心臓がうるさい。
やばい。今の、だめだったかな。困らせたかな。そう思い始めた時だった。
「じゃあ、飲みなおしましょうか。ふたりで」
低い声が、静かに落ちてくる。え、って顔を上げると、有馬さんが少しだけ口角を上げていた。ほんの少し。だけどちゃんとわかるくらい柔らかい笑み。
風が吹いて、真ん中で分かれた前髪が揺れる。その横顔が、息を呑むくらい綺麗で、一瞬で何も言えなくなった。