遅かれ、早かれ、恋になりまして。
「有馬さんのおかげで、少しずつ自信がついてきたように思います」
素直にそう言うと、有馬さんが少しだけこちらを見る。
「八木くんにも、嬉しい言葉もらったので」
――妥協しなくなった。
そう言われた時、ほんとはかなり嬉しかった。自分では気づいてなかった変化を、誰かが見てくれてた。それが、なんだか報われた気がして。
さっき田辺さんに言われたこともそうだ。営業の仕事をしてきて、今までずっとひとりで頑張ってる感覚がどこかにあった。でも最近は違う。相談できる人がいて、見てくれる人がいて、繋がりが少しずつ増えてきてる。
この年になってやっと、仕事のパイプみたいなものができてきた気がする。
「よかったです」
有馬さんは静かにそう言った。たった一言。でも、その声がびっくりするくらい優しかった。私は思わず、有馬さんの横顔を見る。青い水槽の光が横顔を照らしていて、睫毛の影まで綺麗に見えた。
私の頼んだワインと、有馬さんの頼んだウイスキーがカウンターに置かれる。琥珀色の液体と、深い赤。バーテンダーが静かにグラスを差し出して、有馬さんがそれを受け取る。その流れのまま、特に「乾杯」なんて言葉を言うわけでもなく、自然にグラスが軽く触れ合った。
隣には有馬さんがいる。肩越しに、ほんの少しだけウイスキーの香りが混ざった空気を感じる。こんなふうに隣同士でお酒を飲む日が来るなんて、少し前まで想像もしてなかった。
電車で偶然見かけるだけだった人。仕事で関わるようになって、少しずつ距離が近づいたと思って、それでもまだ遠いと思っていた人。
そんな有馬さんと、今ふたりきりでバーにいる。夢みたいだと思った。
だからたぶん、欲張ってしまったんだ。この時間を逃したくないって。もっと知りたいって。もっと近づきたいって。そう思ってしまった時点で、もう戻れなかったのかもしれない。
このまま、憧れの人として遠くから見てるだけでよかったのに。近づけば近づくほど、苦しくなるかもしれないのに。
「最近、電車一緒になりませんね」
できるだけ軽い調子を装ってそう聞く。本当はずっと気になってた。電車の中で探してしまうくらいには。でもそんなこと絶対言えないから、私は何でもないみたいな顔をしてグラスを傾けた。
有馬さんは「あー」と少し声を漏らして、ウイスキーを揺らす。