遅かれ、早かれ、恋になりまして。

そんなくだらない会話なのに、全部楽しくて、気づけば時間がどんどん過ぎていく。隣で笑う声を聞くだけで嬉しかった。


でも。

本当に聞きたいことは、結局聞けなかった。彼女、いるんですか。どうしてそんなに優しいんですか。私のこと、どう思ってますか。

聞きたい。聞きたいのに、怖かった。


「いつも、どんな曲聴いてるんですか?」


何気なく聞いたつもりだった。会話の流れで出ただけの、ほんとに軽い質問。もっと言えば、ただ少しでも有馬さんのプライベートを知れたらいいなって、それくらいの気持ちだった。


「……音楽嫌いなんです」


一瞬、意味がわからなかった。


「え?」


聞き返しそうになるのを飲み込む。有馬さんは少しだけ視線を外して、グラスの中の氷を揺らした。


「普段はAirPodsで、英語のニュースとかラジオ聴いてます」

「どうして音楽嫌いなんですか?」


気づいたら、そう聞いていた。本当にただの興味だった。深い意味なんてないはずだったのに。その瞬間、有馬さんの動きが一瞬止まった。ほんの一秒か二秒。だけど、空気が変わったのがわかるくらいの静止。


「……元カノを思い出すんです」


低い声だった。


「もともと音楽が好きな人で。いろいろ共有してたので」


グラスに視線を落としたまま、続ける。


「だから、あんまり人のお勧めとかも聞かないようにしてて」


前を向いたまま、ウイスキーを口に運ぶ。その横顔が、さっきまでと違って少しだけ遠く見えた。

聞かなければよかった。胸の奥が、じわっと冷たくなる。私のせいだ。何も考えずに踏み込んだ。


「まだ……好きなんですか?」


声が少し震えた気がした。


「元カノを好きとかではないですけど。もう、その曲は聴けないですね」


静かな声だった。それだけで全部わかる気がした。

その人のことを思い出すから。思い出して、戻れなくなるから。
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