遅かれ、早かれ、恋になりまして。
「有馬さんは?私に、何かないですか?」
すると有馬さんは少しだけ考えるみたいに黙り込んで、じっと私の顔を見つめた。その視線だけで落ち着かなくなる。数秒後、有馬さんがゆっくり口を開く。
「一個、お願いあるんだけど」
「……はい」
「名前で呼んで」
一瞬、思考が止まった。
名前。……名前!?有馬さんを!?
頭の中で“有馬さん”じゃない呼び方を想像した瞬間、ぶわっと顔が熱くなる。
無理無理無理。恥ずかしい。絶対無理。
そんな私を見て、有馬さんがまた笑った。楽しそうに目を細める顔が悔しい。この人、絶対分かってて言ってる。すぐ笑うし、よく笑うし。全然、鉄壁な男じゃない。むしろ、私で遊んでるまである。
「さ、先に有馬さんが呼んでくださいよ……!」
動揺のあまり、ついそんなことを言ってしまった。でも、たぶん。それが間違いだった。
有馬さんは少しも躊躇わなかった。まるで最初から呼ぶつもりだったみたいに、低く甘い声で、あっさり私の名前を口にする。
「弥生」
――っ。
心臓が止まるかと思った。普段、家族からも“ヤヨ”としか呼ばれない私にとって、名前をそのまま呼ばれるなんて破壊力が強すぎる。しかも、有馬さんの声で。
“弥生”って、大事に確かめるみたいに呼ばれてしまったら、もう無理だった。
「っ、むり……」
熱くなった顔を隠したくて、私は慌てて両腕で顔を覆う。すると有馬さんが、私の手首をそっと掴んだ。
「隠さないで」
優しい力で腕を下ろされる。真っ赤になった顔が、そのまま有馬さんの視線に晒される。
「弥生。呼んで」