遅かれ、早かれ、恋になりまして。

だめ。しっかりしないと。この人の前で、だらしないところを見せたくない。
なぜか、強くそう思った。

有馬さんが仕事のできる人だから?新規クライアントだから?
それとも、以前ホームでぶつかったり、AirPodsを入れ替えてしまったり、最初から迷惑ばかりかけているから?


理由は自分でもよく分からない。でも、有馬さんの目には、ちゃんとしてる人として映っていたかった。


寝不足でふらふらしているところも、クマだらけの顔も、ぼーっとして電車でよろける姿も、見られたくなかった。そんなふうに思ってしまう自分に、少しだけ戸惑う。

別に、どう思われてもいい相手のはずなのに。



電車は変わらず一定のリズムで揺れ続けている。車内アナウンスが遠くに流れて、人の気配が少しずつ入れ替わる。
眠気と緊張がぐちゃぐちゃになって、頭がぼんやりしたまま時間だけが過ぎていく。


やっと会社の最寄り駅に到着するアナウンスが流れたとき、私は小さく息を吐いた。助かった、と思ったのが正直な感想だった。

扉が開いて、人の流れに合わせて前へ進む。
降りる直前、不意に後ろから声が落ちてきた。


「本当に大丈夫ですか?」


有馬さんの、その声が思った以上に近くて、私は反射みたいに振り返る。相変わらず静かな表情なのに、視線だけが少し心配そうで、胸の奥が妙に落ち着かなくなる。

私は何か返事をした。たぶん「大丈夫です」とか、「ありがとうございます」とか、そんな感じのこと。
でも正直、自分が何て答えたのか覚えていなかった。

ただ、有馬さんの視線だけが変に頭に残っていて、そのまま人の流れに押されるようにホームへ降り立った。
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