遅かれ、早かれ、恋になりまして。

隣に立っていた課長のポケットから、スマホの着信音が鳴った。
静かなロビーにその音だけがやけに響いて、私は一瞬だけ現実に引き戻される。


「ごめん、電話」


高瀬課長はそう言うと、私から少し距離を取ってそのまま通話に出た。


「疲れましたね」

「うん……」


八木くんが、ロビーのソファにどさりと腰を下ろした。

その横顔を見て、私もようやく息を吐く。

……疲れた。そう思った瞬間、寝不足だったことを身体が急に思い出したみたいに、どっと重さが押し寄せてきた。さっきまで保っていた緊張の糸が一気に切れたみたいで、視界の端が少し揺れる。


「……はぁ」


小さく息を吐いたとき、本当に一瞬だけ、床が遠くなった気がした。
あれ、と思った次の瞬間、足元の感覚がふっと消える。体が傾く感覚と一緒に、誰かの声がすぐ近くで落ちた。


「明石さん!」


低くて、でもはっきりした声。その声を聞いた瞬間、腕を強く引かれる感覚がして、反射的にそこにしがみついていた。支えられる形になって、どうにか踏みとどまる。


「っ……すみません」


かすれた声が出る。目を上げると、そこにいたのは有馬さんだった。もう外に出て行ったはずなのに、いつの間に戻ってきたのか、すぐ目の前にいる。八木くんも焦ったように駆け寄ってくるのが視界に入った。


「顔色、かなり悪いです」

「先輩!大丈夫ですか!?」

「大丈夫……ちょっと、立ちくらみが」


そう言いながらも、正直なところ自分でも分かっていた。これはちょっとなんかじゃない。寝不足だと思ってごまかしていたけど、そんなレベルじゃない気がする。


「歩けますか」


短い確認。私は小さく視線を落とした。


「……すみません」


声が思ったよりか細くなる。
どうしよう。朝よりずっとひどい。立っているのも正直ぎりぎりで、歩ける自信なんてなかった。次の瞬間、ふわっと視界が持ち上がる。
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