【大河ドラマ】忙しい人のための新・安倍晴明物語
第10話 天文道学習宣旨
天慶七年(944)冬、藤原忠平は晴明の姿を見るなり人払いをしたかと思うと、気を失った。忠平の体から十代後半ほどの美少女が現れた。唐土の仙女のような風貌だった。少女は晴明を妖神と仰ぎ丁寧に拝礼するが、身に覚えのない晴明は戸惑う。
少女の正体は九尾狐族の妖狐だった。玉屑と晴明が平安京に結界を張ったせいで都の外に出られなくなり、放浪していたのだ。普通の狐に紛れて左衛門府に集まっていたところ、藤原師尹に見つかってしまった。何とか師尹から逃げ切った彼女は、見つからぬよう彼の祖父である忠平に取り憑いていたのだった。
少女は親とはぐれ、名前もない。名付け親になってほしいと頼まれた晴明は、彼女に璇璣という名を与えた。渾天儀の別名である。璇璣は晴明に忠誠を誓った。晴明はこのまま彼女を放っておくわけにはいかないが、賀茂邸で面倒を見られるかは分からない。とりあえず、晴明は璇璣に屋敷の外で待つよう命じ、他の皆には適当なことを言ってその場を後にした。
璇璣は晴明をひと目見た瞬間、魂の色から妖神だと察していた。彼女は晴明に妖神が生まれた経緯を詳しく説明した。現段階での晴明は半神にすぎないが、玉屑を倒して魂を吸収すれば真神になれる。しかし、晴明にその意思はない。この平安京で生きていく上で、そこまでの強大な力は必要ないのだ。人前で妖神と呼ばれると晴明の正体が露呈するので、彼は璇璣に師匠と呼ぶよう命じた。
璇璣は自力で怪我を癒せないため、晴明は彼女を賀茂邸に連れ帰った。晴明は玉屑が璇璣を罰するのではないかと案じたが、思いのほか、玉屑は璇璣を受け入れた。玉屑は璇璣の所業を聞いて、基本的な道徳や倫理観を教えて更生させることが必要だと感じる。そして、彼女はその役目を晴明と保憲に任せた。自分は本来なら地獄の何何奚処で罰を受けるべきであり、清らかな存在ではないからだと。
天慶八年(945)夏、晴明と保憲の教育の甲斐もあり、璇璣は都を放浪していたときとは見違えるほど立派に成長した。ある日、璇璣は屋敷の外で足を怪我している烏を発見する。哀れに思った彼女は烏を介抱し、鳥かごに入れて飼い始めた。間近で烏を見た晴明は、他の烏とは違って橙色の瞳をしていることに気づく。燃え盛る火炎を彷彿とさせる瞳である。晴明は例の異常な烏を想起したが、確証は持てない。
その夜、晴明は陰陽寮における天文道の教科書をすべて読破した。明朝、彼は意を決し、天文博士の十市良佐に天文観測の手伝いを願い出るつもりでいた。そのことを玉屑に告げると、彼女は晴明の努力を称賛し、彼の決意を応援した。
翌朝、陰陽寮に出勤した晴明は良佐を待っていた。そこへ、藤原師輔が良佐とその息子以忠を連れてきた。以忠は明経得業生だが、父良佐が過去に天文道学習宣旨を賜った先例に倣い、息子の以忠にも同様の宣旨を下す決定がなされたのである。
この宣旨により、天文道に晴明の入る隙はなくなった。晴明は肩を落として帰宅した。事情を知らない賀茂邸の人々は、なぜ晴明が意気消沈しているのか分かりかねた。夜、晴明が人知れず天文道を書写した紙を火にくべていると、玉屑が現れた。玉屑は、晴明が天文道を諦めたのかと誤解する。実際のところ、彼は天文道の知識を余す所なく吸収し、紙が不要になったので燃やしていただけだった。玉屑は晴明を慰めるが、彼はいつかまた機会が訪れると信じていた。
璇璣の目に映る晴明は、容姿端麗で聡明な点はこれまでの前世と同じだが、邪智暴虐をはたらかず悠々自適に生活していることに不満を覚えていた。三界を滅ぼし、魔の国を造り上げると豪語していたあの妖神の面影は、影も形もない。璇璣は平安京の結界を破ることを望んだが、晴明は「真神でなければ結界は破れない」と断る。落胆する璇璣に対し、晴明は「いつか必ず外に出られる日が来る」と意味深な言葉をかけて励ました。
天慶九年(946)夏、平安京は干ばつに見舞われ、朝廷は陰陽寮に五龍祭を修するよう命じた。保憲は北山の滝口において五龍祭を修した。その夜、晴明は密かに屋敷を抜け出し、神泉苑へ向かう。偶然にも彼の姿を目撃した璇璣は不審に思い、後をつけた。
神泉苑は見物客が散見され、璇璣は人目を避けて進むうちに晴明を見失ってしまう。辺りをさまよっているうちに、法成橋にぽつんと人影が見えた。彼女には、それが晴明だと瞬時に分かった。付近にいた女子たちが、龍神が現れたとささやき合う。龍神は幽玄な舞を披露し、恵みの雨をもたらすのだと。璇璣が不思議そうに見つめるなか、晴明は月明かりの下で雨乞いの舞を舞った。璇璣の背後から玉屑が突然現れ、雨乞いの経緯を説明した。璇璣は、妖神の生まれ変わりとは思えぬほど控えめな晴明の振る舞いに失望した。
晴明が帰宅する頃には大雨が降り注いだ。彼は「今夜火事に見舞われた邸宅があったとしても、私が降らせた雨で消火されただろう」と冗談を言う。しかし、璇璣には笑う気力もない。
晴明の冗談が現実になったのか、一行は帰る途中で藤原師輔の九条殿が焼け焦げているのを発見する。幸いにも死傷者はいなかったが、師輔が大事にしていた日記の一部が焼損してしまった。玉屑は師輔から日記の修復を依頼される。
少女の正体は九尾狐族の妖狐だった。玉屑と晴明が平安京に結界を張ったせいで都の外に出られなくなり、放浪していたのだ。普通の狐に紛れて左衛門府に集まっていたところ、藤原師尹に見つかってしまった。何とか師尹から逃げ切った彼女は、見つからぬよう彼の祖父である忠平に取り憑いていたのだった。
少女は親とはぐれ、名前もない。名付け親になってほしいと頼まれた晴明は、彼女に璇璣という名を与えた。渾天儀の別名である。璇璣は晴明に忠誠を誓った。晴明はこのまま彼女を放っておくわけにはいかないが、賀茂邸で面倒を見られるかは分からない。とりあえず、晴明は璇璣に屋敷の外で待つよう命じ、他の皆には適当なことを言ってその場を後にした。
璇璣は晴明をひと目見た瞬間、魂の色から妖神だと察していた。彼女は晴明に妖神が生まれた経緯を詳しく説明した。現段階での晴明は半神にすぎないが、玉屑を倒して魂を吸収すれば真神になれる。しかし、晴明にその意思はない。この平安京で生きていく上で、そこまでの強大な力は必要ないのだ。人前で妖神と呼ばれると晴明の正体が露呈するので、彼は璇璣に師匠と呼ぶよう命じた。
璇璣は自力で怪我を癒せないため、晴明は彼女を賀茂邸に連れ帰った。晴明は玉屑が璇璣を罰するのではないかと案じたが、思いのほか、玉屑は璇璣を受け入れた。玉屑は璇璣の所業を聞いて、基本的な道徳や倫理観を教えて更生させることが必要だと感じる。そして、彼女はその役目を晴明と保憲に任せた。自分は本来なら地獄の何何奚処で罰を受けるべきであり、清らかな存在ではないからだと。
天慶八年(945)夏、晴明と保憲の教育の甲斐もあり、璇璣は都を放浪していたときとは見違えるほど立派に成長した。ある日、璇璣は屋敷の外で足を怪我している烏を発見する。哀れに思った彼女は烏を介抱し、鳥かごに入れて飼い始めた。間近で烏を見た晴明は、他の烏とは違って橙色の瞳をしていることに気づく。燃え盛る火炎を彷彿とさせる瞳である。晴明は例の異常な烏を想起したが、確証は持てない。
その夜、晴明は陰陽寮における天文道の教科書をすべて読破した。明朝、彼は意を決し、天文博士の十市良佐に天文観測の手伝いを願い出るつもりでいた。そのことを玉屑に告げると、彼女は晴明の努力を称賛し、彼の決意を応援した。
翌朝、陰陽寮に出勤した晴明は良佐を待っていた。そこへ、藤原師輔が良佐とその息子以忠を連れてきた。以忠は明経得業生だが、父良佐が過去に天文道学習宣旨を賜った先例に倣い、息子の以忠にも同様の宣旨を下す決定がなされたのである。
この宣旨により、天文道に晴明の入る隙はなくなった。晴明は肩を落として帰宅した。事情を知らない賀茂邸の人々は、なぜ晴明が意気消沈しているのか分かりかねた。夜、晴明が人知れず天文道を書写した紙を火にくべていると、玉屑が現れた。玉屑は、晴明が天文道を諦めたのかと誤解する。実際のところ、彼は天文道の知識を余す所なく吸収し、紙が不要になったので燃やしていただけだった。玉屑は晴明を慰めるが、彼はいつかまた機会が訪れると信じていた。
璇璣の目に映る晴明は、容姿端麗で聡明な点はこれまでの前世と同じだが、邪智暴虐をはたらかず悠々自適に生活していることに不満を覚えていた。三界を滅ぼし、魔の国を造り上げると豪語していたあの妖神の面影は、影も形もない。璇璣は平安京の結界を破ることを望んだが、晴明は「真神でなければ結界は破れない」と断る。落胆する璇璣に対し、晴明は「いつか必ず外に出られる日が来る」と意味深な言葉をかけて励ました。
天慶九年(946)夏、平安京は干ばつに見舞われ、朝廷は陰陽寮に五龍祭を修するよう命じた。保憲は北山の滝口において五龍祭を修した。その夜、晴明は密かに屋敷を抜け出し、神泉苑へ向かう。偶然にも彼の姿を目撃した璇璣は不審に思い、後をつけた。
神泉苑は見物客が散見され、璇璣は人目を避けて進むうちに晴明を見失ってしまう。辺りをさまよっているうちに、法成橋にぽつんと人影が見えた。彼女には、それが晴明だと瞬時に分かった。付近にいた女子たちが、龍神が現れたとささやき合う。龍神は幽玄な舞を披露し、恵みの雨をもたらすのだと。璇璣が不思議そうに見つめるなか、晴明は月明かりの下で雨乞いの舞を舞った。璇璣の背後から玉屑が突然現れ、雨乞いの経緯を説明した。璇璣は、妖神の生まれ変わりとは思えぬほど控えめな晴明の振る舞いに失望した。
晴明が帰宅する頃には大雨が降り注いだ。彼は「今夜火事に見舞われた邸宅があったとしても、私が降らせた雨で消火されただろう」と冗談を言う。しかし、璇璣には笑う気力もない。
晴明の冗談が現実になったのか、一行は帰る途中で藤原師輔の九条殿が焼け焦げているのを発見する。幸いにも死傷者はいなかったが、師輔が大事にしていた日記の一部が焼損してしまった。玉屑は師輔から日記の修復を依頼される。