【大河ドラマ】忙しい人のための新・安倍晴明物語

第2話 承平・天慶の乱

 承平八年(938)春、晴明の予感は的中し、平安京は未曾有の大地震に襲われた。多数の死傷者が出て、京中の建物が損壊した。賀茂邸の被害も少なくはない。賀茂忠行は、鎮宅霊符など何の意味もなさないと愚痴をこぼしながら、家人に邸内を掃除させる。

 晴明は玉屑の腕輪を手に取った。彼女から贈られた腕輪が今までその効果を示した例はない。そもそも、この腕輪にどんな力が秘められているのか何の説明もなかった。晴明は腕輪を眺めながら、ぼんやりと玉屑との出会いを回顧した。

 その日の夜、晴明は夢を見た。夢の中で、玉屑は満月の光に照らされながら泰山の頂上で岩場に腰掛け、手鏡を取り出した。晴明は彼女に近づき、鏡をのぞき込む。鏡の向こうには、泰山府君が映っている。

 玉屑は今日の大地震の原因について泰山府君に尋ねる。東西の国で大規模な兵革が起こる兆しだという。彼女は兵革が都に及ぼす影響を尋ねるが、泰山府君にも未来のことは分からない。泰山府君はまるで日本の未来など興味ないというかのように、話題を変えた。彼は、玉屑が満月の夜はいつも遅くに寝ることを奇妙に思っていた。玉屑は、月の光が眩しすぎてよく眠れないのだと冗談めかす。晴明がふと満月を見上げると、眩しい光が差し込んできて目が覚めた。

 陰陽頭の文武兼が地震の吉凶を占ったところ、兵革の兆しがみられた。この頃、東国では平将門が、西国では藤原純友が反乱を起こしていた。昨夜の夢における泰山府君の話は真実だった。世間では、将門と純友が結託して都を乗っ取ろうとしているという噂まで流れた。しかし、晴明が生まれてから平安京で戦が起こった例などないため、彼は今ひとつ現実味が湧かない。

 兵乱鎮圧を祈願する諸社奉幣や加持祈祷が行われるなか、陰陽寮もまた朝廷から将門と純友を調伏するための儀式を行うよう命じられる。武兼は太一式祭を修し、陰陽寮に所属する陰陽師も式盤の下に将門と純友の人形を挟み、呪詛を行った。晴明と賀茂保憲は暦道を学ぶ生徒の身分で、陰陽師の職掌はまだ教わる立場にないため呪詛は免れた。その代わり、寮を代表して赤山禅院に赴き兵乱鎮圧を祈願するよう命じられた。赤山禅院は泰山府君が赤山明神の名で祀られている寺院である。泰山府君は陰陽道の祖神でもあるため、陰陽師から信仰されている。

 晴明と保憲が赤山禅院を参拝したのは、今回が初めてである。この寺院は色鮮やかな紅葉が名物だが、春に訪れたため、紅葉の代わりに新緑に囲まれている。

 二人は本堂で兵乱鎮圧の祈願を済ませたが、晴明には衆生に関心のない泰山府君が力を貸してくれるとは思えなかった。時間に余裕があったので、二人は境内を散策した。

 散策中、晴明は初めて玉屑と出会ってから今まで、満月の夜になると必ず彼女が夢に現れる問題について触れる。夢の中で晴明は透明人間であり、誰にも存在を認識されていない。当然、夢の中のものに触れることもできない。晴明はおよそ線香一本分ほどの時間、玉屑の日常生活を垣間見ている。

 晴明はこのまま死ぬまで玉屑の夢を見続けるのだろうかと思いを馳せる。いつか自分が誰かと結婚して家庭を持っても、他の女性の夢を見続けるのは、妻に申し訳ない。それに、神託があるわけでもないのに、夢に何の意味があるのかは彼にも分からない。保憲は、夢は往々にしてその人の心が映し出した幻ゆえ、晴明の心に玉屑の存在が深く刻まれているからだと推し量る。だが、晴明の手元に玉屑から贈られた簪がある以上、ただの幻とは言い切れない。

その日の夜、晴明は夢を見た。夢の中で、玉屑は寝室と思われる場所で熟睡している。晴明が彼女の寝顔を間近で見ていると、炳霊帝君が入ってきた。炳霊は何度か玉屑を起こそうとして名を呼ぶが、彼女は深い眠りに沈んでいるようだ。炳霊は寝台に乗り、玉屑の顔をのぞき込む。晴明は、炳霊が玉屑に口づけする予感がして目を見張る。あと少しで二人の唇が触れ合おうとしたそのとき、玉屑が目を開けた。彼女は炳霊を制止して起き上がり、いつの間にか寝落ちしていたことに驚いた。

 玉屑は慈覚大師が唐土で学んだ修法について調べようと思っていた。炳霊は夜遅いから明日調べればいいと言って、彼女と共に寝ようとする。しかし、玉屑は今日この時間でなければ駄目なのだと言ってきかない。炳霊は仕方なく、その修法は白衣観音法だと教えた。兵乱消除の効験がみられるという。満足した玉屑は、部屋を出ようとした。泰山の頂上から満月を眺めるのだ。

 炳霊は玉屑を引き止め、なぜ満月の夜は一緒に寝てくれないのかと追及する。それに対し、玉屑は明日なら一緒に寝られると答えて、足早に出ていった。晴明も後を追いかけようとすると、扉の向こうからまばゆい光が差し込んできた。そこで目が覚めた。

 目が覚めた晴明は忠行に白衣観音法のことを教えた。この修法は密教のものであり、陰陽道とは関係がない。とはいえ、修法を伝えた慈覚大師は赤山禅院の創立に深く関わっている人物でもある。晴明は、朝廷に奏上して密教僧に白衣観音法を修してもらおうと思いつく。
< 2 / 12 >

この作品をシェア

pagetop